第28話 第二.四話 堅物貴族誘拐事件 完結編

「うわあああああああーー!!」


 俺は叫んだ。慟哭(どうこく)とはこのような時に使う言葉なのだろう。

 一週間の苦労が一瞬で、しかも見せ場すらなく灰と化したのだ。

 フィズ、ジン、ウィスキー、コニャック、あとボスのラムチョップ。

 どうしてボスだけ食べ物の名前にしたのか覚えていないが、出番もなしに骨となった彼らのことを思うと、叫ばずにはいられなかった。


 ダメージ48点、今回のシナリオで用意した雑魚敵は即死だ。


(いや、ボスのラムチョップだけは10点残して耐えている。いや、でも……)


 炎に巻かれたアジトから出てきたところで、軽くどつかれれば死んでしまうだろう。


(こうなったらアレをやるしかないか。せめて彼に晴れ舞台を)


 俺は意を決して、みんなに宣言した。


「炎に巻かれた民家、いや賊のアジトから、大柄な男が一人飛び出してくる。体はボロボロで今にも膝をつきそうだが、意地で立ち続けている」

「48点の魔法ダメージを受けて立っているなんて、こいつゴーレムか何か?」

「人間ですよ! ボスでHPが多かったんです」


 須山さんからの茶化しにツッコミで返す。

 ラムチョップの晴れ舞台だ。決めるところまで決めてやろう。


「炎と背景にボスである男が三人を見据えます」


 俺は一度深呼吸をした。

 人生で一度は言ってみたい台詞第十位ぐらいには入る台詞だ。

 正直、自分の口で言う機会が訪れるなんて思いもしなかったが、やるしかない。


「へ、へへ……、いい精霊術じゃないか。だがな『あのお方』の足元にも及ばない」

「あのお方だって!」

「あのお方ですって!?」

「あのお方だと!」


 宇和島先輩と須山さん、黒木さんが話に乗ってくる。

 ノリがよくて嬉しいけど、登場していないキャラクターも反応していることになるのはいかがなものかと。


「いいか、そのお方の名は……と男が『あのお方』の名を言おうとしたところで彼は超遠距離からの精霊術で燃え上がり、ダメージは――」


 そういって俺はサイコロを二つ振る。7と2、合わせて9ダメージだ。


「あ、まだ生きていますね」

「ちょ、GMそこは殺されて口を封じられるところだろ!」


 宇和島先輩が笑いに当てられた。


「仕切りなおします。い、いいか、そのお方の名は……というところで男が再度燃やされる。ぐああああああ、と、残りHP1なのでなにをやっても今度こそ死ぬ」

「……天どん。くく…もう一回」

「いや、今死んだっていったじゃないですか!」

「ちょ、まった」


 バタバタと笑いと戦う宇和島先輩。

 見れば周りも、笑いをこらえている雰囲気がある。

 すまん、ラムチョップ、決めきれなかった。


「えー……はい。ボス戦は以上です。この後、どうしますか?」

「とりあえず精霊術を使って炎を消すわ。あとガリアーノの捜索をしたいけど、さっきの遠距離からの攻撃が気になるわね」


 加美川先輩は抜かりなく、辺りを警戒するようだ。

 でも、ごめんなさい、アドリブなのでなんもないです。


(いや、確かエンディングで……)


 俺は思い直し、もう一度シナリオシートを読み直す。

 ガリアーノを助けた場合、痕跡を消すために、敵対勢力のボスがここにくるはずだ。

 俺は先ほどまでの場面をもう一度思い出し、ガフとシェイクステアが合流を宣言していないことを確認する。


「あ、すみません。一つ描写を入れます。えっと、ガフとシェイクステアがみんなと合流するため、移動していると豪華な馬車とすれ違い、二人のすぐ後ろで止まります」

「なんだ?」

「馬車を向くと、白い髪の女性が馬車から顔を覗かせ二人に言います」


 俺は一度間をおき、みんなの意識をこちらに向ける。


「もう全て終わりましたよ。焼け落ちて、無くなってしまいました。彼女はセリフとは裏腹ににこやかに話します」

「よくわからないからガフは警戒して剣を抜くわ」

「シェイクステアも警戒はしよう」


 あからさまに怪しい言動に須山さんと宇和島先輩が自キャラを警戒させる。

 まあ、戦う気は無いので、話だけで終わらせよう。


(えっと、彼女の目的には祝福の子の確保も含まれているから、アドリブを一つ――)


「そんな二人の敵意を気に留めず、白髪の女性はシェイクにいいます。あなたも祝福の子なのですね。よかったら一緒にきませんか?」


 宇和島先輩が咳払いをした。

 そして息を大きく吸い、シェイクステアの言葉をはいた。即興だ。


「あなたもだって? ならば返そう、あなたは一体何者なのだ」


 通りのいい声が俺を通り抜ける。

 圧倒的な演技のまえに怯みそうになるが、シナリオシートに目を通し、俺はシェイクステアに答えた。


「私の名はミュール、この国の魔女。そして帰化組織『精霊の社せいれいのやしろ』の代表。この国を滅ぼし、精霊術をあるべき姿に戻すために戦うの、素晴らしいでしょ?」


 俺の返しに宇和島先輩はニヤリと笑った。

 こっちは宇和島先輩の勢いに押されそうでいっぱいいっぱいなのに、さっきのセリフでどうやらスイッチが入ってしまったようだ。


「私はその組織のことは分からない。だが、国を滅ぼす。その一点で十分だ。今わかった。あなたがマティーニの敵なのだな!」


 しんっと、静寂がやってきた。

 皆、宇和島先輩の演技に聞き入っていた。


 俺は敵扱いされて泣きそうだった。

 そこまで言われたら、退散しよう。いい潮時だ。


「……そ、そう、こ、交渉は決裂ね、ざ、残念だわ」


 役者スイッチの入った宇和島先輩に気おされた俺は声が震えていた。

 は、恥ずかしい、がとにかく処理を進めておかないとゲームが終われない。


「ええっと、そういい彼女は馬車に戻り、馬を走らせ立ち去っていきます」


 宇和島先輩の演技の余韻に乗っかって、俺はミュールを退場させた。

 不格好ではあったがラスボスのお披露目はできたかな。


 須山さんが質問のため軽く手を挙げた。


「GM、もしかして今のが」

「はい、マティーニから王都の魔女の座を奪い取った張本人。敵対者ですね」


 俺は頷き須山の質問に返した。


「……とりあえず、驚異は去ったとみていいのかしら」


 続けて加美川先輩が確認を入れてきた。


「少なくともラムチョップ、あ、いえ、先ほどの誘拐犯のような輩が出てくることはありません」

「ならガリアーノを探しましょう」


 かくして、ガリアーノが地下室から発見された。

 酷く衰弱しており、ものすごいダメージを負っていたが、判定の結果かろうじて生きていた。

 黒木さんがぽつりと「……男爵芋焼き殺人事件にならなくてよかった」といい、俺はコーヒーを吹いた。


 こうしてセッション第二回目は無事成功という形で終わりを告げたのだった。


 ……俺にとっては反省ばかりであったが。

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