第27話 第二.三話 堅物貴族誘拐事件 灼熱派
俺はうろたえた。
何かの漫画で窮地に陥るとぐにゃりと自分が曲がる描写があるが、地面がぐらつくような感覚に陥っているので、あの描写は正しかったのだと心の底から実感した。
「ちょ、ちょっとまってください!? ニコラシカに【預言】を使わせる!?」
「ええ、そうよ。使ってくれたらこの事件の捜査はかなり進展するわ」
ちょっとまて、ちょっと待って。
いや、これは質問次第で、推理小説を書いた作家が犯人をネタバレするという今世紀最大にカッコ悪いことをさせられるのではないか?
(な、なんとかうまいこと言って切り抜けよう、できるか?)
俺はぐるりと周囲を見る。
イケメン、ゴスロリ、優男、小動物系伊達メガネ女子、先輩……うん、何をしても切り抜けるのは無理そうな面子だが、せめて抵抗をしよう。
「ちなみに、質問の内容は? とニコラシカが確認をしてきます。預言なので、性質上、過去を調べることはできません」
一同ざわざわと質問内容を決めていく。
ややあって、まとまったようで、黒木さんが代表となり声を上げた。
「……4日後ガリアーノが死んだあと、次の日の5日目に新人の使用人は生きているか、どうか【預言】で調べてほしい」
ああ、なるほど、新人の使用人がガリアーノと一緒に誘拐されたのならよりも先に殺されることあっても、ガリアーノよりも後に殺されることは何のメリットもないから怪しいと考えたのか。
実際、敵対勢力の一員として新人の使用人は活動しているので、ガリアーノが死んでも彼は死なないだろう。
「えっと、そうですね。ニコラシカはガリアーノのこと以外に能力を使うのをためらいます。このシナリオでは後一回しか使えないので、慎重になっている。――ここはダイス目で勝負して説得してください。あ、ギムレットはもうダイス降っているから駄目ですよ」
「……わかった」
俺はダイスを振る、8が出た。
悪くない数字だ。
「ダイス目が8で以上出たらニコラシカは説得されます」
「はいはい、GM、ガフとシャンディはマティーニをフォローします」
「……え?」
須山さんが手を上げ、俺が固まる。
まってやめて、このためにそのルールを作ったわけじゃないんだ。
あくまでみんなで! みんなでそれなりに役割を作るために、作ったルールだったのに。
俺は頭を抱えた。
おのれ、過去の自分。まさかフォローで作ったルールに悩まされるなんて。
だた、ここはしかたない。
実際説得の判定なのだし、甘んじて受けなければいけないだろう。
これマティーニのダイス目はプラス2され、判定を成功させるには6、7、8、9、0の五面、成功確率は50%、言い換えるとおよそ二分の一である。
うん、一般人なら二分の一だ。
だが相手が悪かった。
「ダイスロールするわよ――6、プラスを足して8ね」
加美川先輩のダイス目運は今日も快調であった。
「えぇっとそうしたら、ニコラシカは、説得され、【預言】の能力を使います――5日目も新人の従者は生きています」
ざわざわと相談を始めるプレイヤー一同。
穴があったら入りたいです。入って、膝を抱えてうずくまりたい。
もうこれ、新人の使用人が犯行しているって言ったようなものじゃないか!
「ビンゴだな。新人の使用人の怪しさが裏付けられたな」
「ええ、そうね。それじゃシェイクと合流したら、新人の使用人の足取りを追いましょう」
「……賛成」
「先ほど、宇和島先輩のキャラクターが聞いた話、なんか引っかかりません?」
「そうよねノボルの言う通りだわ。まずは市場から行くのでどう?」
――そうして方向の指針が決まったメンバーの攻略速度はとてつもなく早かった。
二ターン目でシェイクステアが店のおばちゃんから、新人の使用人の似顔絵を提示し、小麦粉を運んでいた人物と同一であることを確認。
裏路地へ運んでいたとの情報をつかみ、調査できる場所に裏路地が追加される。
三ターン目はみんなで裏路地を調べ、浮浪者からここ数日、毎晩、例の使用人が食事をもってどこかへ消えてしまうらしいという話を聞ける。
食事は馬車馬亭のという酒場の名物らしい。独特なにおいがするから間違えないとのこと。
四ターン目、馬車馬亭に例の使用人が通っていると情報を手に入れた一行は酒場で張り込み、彼を尾行することに、ガフとシェイクステアが装備による移動距離低下の都合で尾行は失敗したが、シャンディとマティーニ、ギムレットの三名が無事にガリアーノが捕らえられていると思われるアジトを発見した。
ピンポイントローラー作戦とでもいえばいいのだろうか。
全員で同じ場所を調査するからほぼミスなく、しかも犯人を確定させているので、ほぼ最高の効率とスピードを持ってアジトまで到着されてしまった。うん。泣かない、めげない、挫けない。
「えー、マティーニたちはガリアーノが捕らえられていると思われる二階建ての民家までやってきました。シェイクとガフがくるまで待ちますか?」
「民家……GM敵のアジトの周りはどうなっているのかしら?」
加美川先輩の言葉に俺はシナリオシートを確認する。
アジトである民家にはガリアーノを尋問している地下室、誘拐犯たちが食事をし、有事に備えて待機している一階と、寝室になっている二階のシンプルな構成になっている。
しかし周りのことは特に決めていなかったのでアドリブで決めるしかない。
先ほどのルールのように余計なものを配置し、利用されるのは嫌だったので、シンプルに行こう。
「周りには何もありません」
「そう、何もないのね」
加美川先輩がはにかんだ。
あれは何か企んでいる笑みだ。
ホラ先輩の腰のあたりから悪魔の尻尾がちらちら見える。
「なら、二人が来るまで、民家の様子を確認するわ、GM、私とシャンディ、犯人たちに顔バレしていないわよね」
「してませんよ。……あの、何をするつもりですか?」
「まずは、シャンディに焼き芋を持たせて、ギムレットは見えない位置で待機。それから扉をノックしましょう。こんにちはー、焼き芋屋ですー」
「ぶっ」
俺は突然湧いてきた焼き芋に思わず吹き出した。
いやいや、笑っているだけでは進行しないので、俺も応えなければ。
「そうしたら、アジトの扉が開き大柄の男性がめんどくさそうに出てくる。飯なら頼んでないし、もう間に合っているから大丈夫だと言ってマティーニを追い返そうとします」
その俺の反応に目を光らせる黒木さん。
「……GM、扉が開いたなら遠目で可能な限り部屋の状況を探りたい」
「げっ……でも、見える限りでは男が何人かいるのと地下室があるぐらいです」
「ならシャンディも、ガリアーノがいないか確認したい。位置としてはギムレットより近いので、顔がわかるはず」
そう城戸がギムレットの後を追い、手を上げる。
俺はシナリオシートを確認する。ガリアーノは地下だ。一階にはいない。
「ガリアーノらしき姿は見当たりません」
「そう、それじゃあ、お邪魔しましたとマティーニは退散するわ」
「シャンディも」
「分かりました。男は悪態をつきながらドアを閉めます」
てっきり押し入ってくるかと警戒したが、流石にそれはなかったようだ。
俺はほっと肩の力を抜いた。
中にいる奴らはマティーニたちだけでは勝算がない程度には強いのだ。
せめてシェイクステアかガフのどちらかがいないと、苦しいだろう。
「おそらく、ガリアーノは地下だ」
俺が気を緩めた瞬間、城戸がつぶやいた。
「ノボル、どうして?」
「俺ならそうする。その辺は理由があったほうがいいだろうから」
須山さんの言葉に城戸が返す。
んー、なんだこのデジャブ感。
まるでシナリオを作っている時の俺の考え方だ。
『あの前後ぐらいからなんだけど、なんというか、入り込んじゃうというか、目の前で見ていた私もよくわからないんだけど、登場人物をコピーする……みたいな? そんなことがあるのよ』
ふとセッション前の須山さんの言葉が蘇る。
……まさか。
俺は城戸の方を向く。
彼は俺をコピーした?
コピーというより考えを追跡し、プロファイリングされたのか?
え、なにそれ。須山さんの言っていた登場人物云々ってそういう話なのか?
「よし、それじゃ全力で家を焼くわ」
「「え」」
俺は彼に何かしなければならないと身構えだが、加美川先輩が空気を読まず、マティーニの次の行動を宣言していた。
俺と城戸が同時に疑問符を口から漏らす。
(まあ、コピーされようが、別にいっか)
お互いに声を上げたことで、カタンと考えがまとまった。
仮に城戸が俺をコピーできたとする。
だが、
すでにこのセッションはシナリオの外を突き進んでいるからだ。
城戸の様子に関しては、直接的な害がない限り、放棄的措置で行こう。
(えっと、マティーニが家を焼くといったから、処理は……)
俺はそこまで現実逃避し、ようやく思考が帰ってきた。
「え、あの。家を……焼く?」
「そうよ」
ニンマリといたずら好きな悪魔のように笑う先輩を見た後、俺は一度、視線を外し、窓の外を眺めた。
今年は燃え上がりそうなほどに暑い夏だと誰かが言った。
うん、暑い。今日は暑い日だ。
「【精霊術の全体化】――成功、【精霊術の強化】――成功、【精霊術:炎】精霊術の極意によって判定は二ダイス――過剰成功(クリティカル)」
先輩がいつものように、コンボを詠唱していく。
そして当然の如くクリティカルを引いてくる。
「もう一回―― 過剰成功(クリティカル)」
いや、たしかに二ダイスになったからって――
「更にもう一回―― 過剰成功(クリティカル)」
――それは出過ぎでは?
「もう一回――8と9ね。ダメージは――48!」
先輩が六個のダイスを盛大に転がす。
出目は8を中央値に数字が上下している。恐るべきダイス運。
マティーニが放った炎の精霊術は盗賊のアジトを飲み込み大きな火柱となった。
ボス、雑魚敵、ガリアーノ。
まとめて丸っと燃やされた。
それはもう見事な丸焼きであった。
盗賊のアジトは赤く熱く燃え上がった。
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