第22話 再び集まったやつらプラスアルファ
水曜日、木曜日、金曜日は、中指の回復とシナリオの整理に努めた。
特に中指は大変だった。中指抜きのタイピングは速度が全然上がらない。
しかしその苦労の甲斐もあって、今回のシナリオは会心のバランスだと自負できる。それぐらい難易度の調整に時間をかけた三日間であった。
一人自室で模擬探索なども行い、四人のステータスを思い出しながら、情報を入手するための難易度の調整や、接戦になるように仕込んだ敵の数に各ステータスの調整、ボス戦の調整を何度もやった。
特にボス戦は前回のゴーレム戦の二の舞にならないよう入念なチェックを毎日行った。あのパーティには回復役がいないので、最大火力には特に細心の注意がいるのだ。
だが俺はやり遂げた。
今回のシナリオはかなりの歯ごたえを提供できるだろう。
――そして、いよいよ土曜日がやってきた。
そう、今日はTRPGキャンペーンの第二回目。
我が渾身のシナリオを披露する日だ。
「すみません! 遅れましたーぁ!」
だが、俺はY字型に広がる歩道橋の真ん中で、全力をもって加美川先輩に頭を下げていた。
おかしい。これじゃ、先週の再現ではないか。
ただし今日は遅刻の理由が違う。
シナリオの確認作業に夢中になってしまい、先輩からきた待ち合わせ時間変更のラインに対応できなかったのだ。
うん、先週よりも酷いですな。最悪のシチュエーションだ。
事前の話では午後1時に公民館へ直接集合だったので、朝の五時までシナリオと向き合い、寝る直前に加美川先輩のラインに気がつき、こんな時間に返信を送るのも気が引けたので、一か八か三時間睡眠にチャレンジし、見事失敗した結果がこれだ。これでございます。
遅刻が確定した瞬間にラインで連絡は送ったものの、一時間半ほどこのクソ暑い炎天下で加美川先輩を待たせてしまった。
頭を下げた俺の目の前には夏の日差しを存分に吸収し、目玉焼きが作れそうなアツアツの石タイル。
きっとこの上でジャンピング焼き土下座をして許しを請えば、きっと許してくれるかもしれないと、寝不足の思考は判断し始める。
(やるか……? やらないか……? やる――)
そう俺が真剣に膝を折ろうかと、考え始めたところに先輩の声がかかった。
「……今回は急な話だったから怒ってないわよ」
「ありがとうございます」
そういって先輩は一時間半の遅刻をとりあえずなかったことにしてくれた。
顔を上げた俺の視線の先に私服の先輩が映る。
先週の恰好とは違い、上は涼し気な白の半袖カットソー……というやつだっけ? とそれと下はひざ丈ほどの紺のスカートと、その上に透けている青いロングスカートを重ねて履いている。
「どうしたのサク君」
「あ、いえ」
まじまじ見るのが悪い気がして俺は天を仰いだ。
寝不足だからか、いろいろ眩しい。
「それにしてもどうしたんですか突然、少し早く待ち合わせをしようだなんて」
「この間、元気づけてくれたじゃない。お礼をしようとおもったんだけどね」
そういって先輩はマクドナの紙袋が入った半透明のビニール袋を俺に突き付けてきた。
「連絡読んだ限りじゃ、朝ごはんたべてないでしょ?」
「おぉ、いいんですか」
「サク君が遅刻しなければもう少しランクが上がってたわよ」
「それは惜しいことをしました」
俺は素直にビニール袋を受け取り、加美川先輩は公民館へと向かった。
「こんにちはー」
俺と先輩が会議室に入ると、まずエアコンでキンキンに冷やされた空気が出迎えてくれた。
「お、きたきた」
「……こんにちは」
「おっすー佐々倉君、加美川先輩」
「こんにちは」
公民館の6時間500円の会議室にはすでに机が並べられており、イケメンと、ゴスロリと、小動物っぽい女子と、優男が椅子に座り待機している。
(……うん?)
一人多い。
どうやら寝不足がたたり、幻覚が見えているようだ。
「あ、紹介するわ。あたしの彼氏の城戸ノボル」
「どうも初めまして。城戸(きど)ノボルです」
そういって須山さんと幻覚である優男が椅子から立ち、自己紹介を始めた。
「どーも、初めまして城戸ノボルさん、佐々倉サクです」
反射的に挨拶を返す。
って、ええええ!? 幻覚じゃなかった。
マジで人がいた。しかも須山さんの彼氏が現れた。
しかも一般人だ。こんな個性豊かなメンバーの中でびっくりするほど普通のオーラが出てる。しいて言うなら前髪が長いのが特徴だろうか。
優男こと、
中肉とは言ったが、少しやつれているような感じがし、そのほっそりとした雰囲気が俺に優男っぽい印象を与えたのだろう。
ちなみに聞いた話だと、須山さんと同様、彼にもかなりの逸話(いつわ)がある。
彼は中庭イチャコラ事件の後、しばらくして謎の失踪、そして同級生の地下室で監禁されたところを助け出されたという話だ。
正直なところ、俺たちの学校では彼もまたかなりの有名人である。
誘拐プラス監禁などという恐ろしい事件に巻き込まれた彼だが、たしか今、不登校になっていたはずだ。
「ええっと、何故(なにゆえ)、彼氏様がこの場に?」
「いや、ライカに誘われて……」
「こいつさ。さすがに不登校が続きすぎているから少しでも学校とのつながり作っておこうと思ってね」
なんと頼れる彼女さん。
しかし俺には確認しなければいけないことがあった。
「ところで彼氏さん、今日のセッションに参加するのでしょうか?」
「もちろんよ。今日はよろしく頼むわね」
パリンと何かが割れたような音が聞こえた。
三日徹夜してこのセッションは4人で遊ぶ上での最高のバランスを組んだのだ。
なのに一人増える。一人増えるだと……!
ドラクエやFFやブレストオブファイアで仲間1人増えると楽になるだろ、これはそういうことだ。
「ふ、ふふ……はははは……」
乾いた笑みが漏れた。
笑うしかなかった。
(いいじゃないか、やってやろう)
俺は席に着き印刷したシナリオを取り出し、あふれようとしてくる涙を堪え、シナリオに手を加えることにした。
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