第20話 シナリオは深夜作るもの

 俺はうちに帰り、飯なり、風呂なり、歯磨きなり、一通りの生活習慣をこなし、俺は自室に戻った。

 相も変わらず漫画で埋め尽くされた床を足で本を払いながら進み、扇風機を回す。


 パソコンの電源を入れ、USBを挿し、立ち上がった画面から大筋を決めたシナリオデータを開き、これまで書いた内容を読み返した。


(登場する人物は、ガリアーノ、その従者の預言書使い、マティーニの敵対勢力)


 そうシナリオの流れをチェックして預言書使いの従者に名前がないことに気がついた。

 前回のシャンディのことを思い出す。名前やデータを用意した方が余裕がある進行が出来きそうだし、今回はちゃんと用意しておこう。


 全員がどこかで聞いたことあるカクテルやらお酒の名前が多いので、統一感を持たせるために酒の名前wikiを眺める。


(ニコラシカ……うん、それっぽいしこれで行こう)


 かくして、預言書使いニコラシカが完成。前回の反省を踏まえてプレイヤー用のステータスを用意し、ダメージのやりとりができるようにしておく。


(ーーこれでよし)


 後は事件の内容を詰めだけだと、俺は頭を捻り、文章をテキストデータに打ち込んでいく。


 ガリアーノはマティーニと敵対している勢力に誘拐され、命の危機にある。

 犯行現場は商業区、そこで彼は――


(……いや、待った)


 俺は加美川先輩とのやりとりを思い出し、手を止めた。

 先輩はまず犯人の行動から決めていたはずだ。視点を変えなければ。


(まずは敵対勢力の行動からだ。ガリアーノは貴族で真面目な人物だ。だからこそ王都の重要人物と敵対勢力に繋がりがあることに気がついた)


 ポチポチと文章を進めていく。

 考えられるパターンを想定し、一番スマートな内容を決めていく。


(それを邪魔に思った敵対勢力はガリアーノを誘拐を指示、指示されたグループはガリアーノの使用人として潜入し、腹心のニコラシカや、ガリアーノの隙をついて誘拐を決行。そして成功する)


 先に起きた事件と書き出しにメモして、俺はシナリオの土台、『先に発生した事件』の流れを記述していく。


(殺さず、誘拐した理由は情報がどこまで漏れたか探るためだ。用済みか情報なしと判断したら口封じで殺す腹づもり、これはタイムリミットの扱いにつなげられそうだ)


 大分、あまり深く考えず進めてみたが、思いのほか物騒な組織となってしまった。

 さらっと殺すとか出てくるあたり、俺は少し自分自身の脳の構造に苦笑した。


(さてこの行動原理をもとに誘拐犯の足取りを追い、ガリアーノにたどり着くようイベントを組まなければ)


 まずはガリアーノがどこで誰に誘拐されたのかをプレイヤーに推理してもらわないと行けない。

 となれば、ガリアーノだけではなく、彼と一緒に新人使用人が、行方不明になったことにしよう。この新人使用人が誘拐犯の一人だ。


 次に新人使用人は商業区を探索していると情報を取得できるようにしよう。

 その情報を元に、酒場で彼を見つけ追跡することで、誘拐場所を特定できる。


 大体正解ルートはこんな感じかなと、俺はメモに書いた。


(調査箇所、最初はガリアーノ邸だな。となると)


 そうシナリオデータの記述方法を少し考え、メモ帳に記載していく。


(おお、あっさりできてしまった)


 するりと詰まっていた部分が解決できた。

 俺は各調査箇所にイベントや情報を獲得するために必要な条件を書き込んでいった。



ガリアーノ邸 (スタート)

情報提供

・ガリアーノと新人使用人が商業区へ向かい行方不明、犯人からは連絡は無し、2人の似顔絵を渡す


商業区

市場

情報獲得難易度(6)

・身なりのいい男が小麦袋を運んでいた。似顔絵を見せると新人使用人だということが発覚する


裏路地

情報獲得難易度(8)

・新人使用人が最近この近辺をうろついている。時折、食事を持ち運をでいるようだ。

その食事は酒場『馬車馬亭』のものらしい。


酒場街

情報獲得難易度(なし)

調査しても何もない。


ただし、裏路地で情報を獲得している場合は酒場『馬車馬亭』で追跡イベントに挑戦できる。


追跡イベントが成功すればガリアーノの救出のためのイベントになり、ボスとバトル。


バトル完了後エンディングへ



「ーーよし、次はボス決め、か」


 そうして、俺はルールブックを注意深く読み返し、ボスにふさわしい魔物のデータを探した。


(精霊鬼? いやいやこれは素人目にも強いって分かる。ならこっちのマンドラゴラのデータにHpを少し上乗せして……)


 かくしてボスのステータスも決め、一通りの流れが整った。

 これも加美川先輩のおかげだ。


(あとは、タイムリミットの設定か、それ以内に解決できるか、できないか、分岐する展開に対応したシナリオを書いて、あ、それと救済策も考えないとな……)


 そう考え、俺は街を探索する時のルールを書き足した。


・時間制限があり、合計7回行動ができる。

・複数人で同じ箇所を調べるとダイス目がプラスされる。


 一つマイナスを作ったら一つプラスで補填しバランスを整える。マイナスばかりの ゲームはきっと誰もやりたくないし、俺もやりたくない。


 簡単な焦りと有利の塩梅を確かめて、同伴者1人につきダイス目+1の効果をつける。

 ギムレットの【交渉術】が交渉などに対してダイス目+4なので、ギムレットと、そのほかで行動すれば少し高い目のイベントでも効率よく攻略できるはず。


「いやまて、これじゃ全員で動かれたらひとたまりもないじゃないか」


 俺の脳裏に蘇るのは、あの自信作のダンジョンがことごとく突破される光景。

あれは辛い。


(今、気がついてよかった……)


 俺はシナリオの端(はじ)に、仲間の効果でダイス目を増やすか、技能を使うかはどちらかしか選べないと記述を足した。


(よし、本筋と仕掛けは完成した。あとはエンディングだ)


 エンディングはちゃんと敵対勢力の正体を明かして、次回につなげる。


(となると、敵の目的を決めないとダメだよな)


 マティーニから地位を奪い、その王都でやろうとしていること、それは何か。


(大雑把に考えると王都征服? んー……ダメだ、ピンとこないというか大体のなんたら征服って、大抵はやりたいことの過程だし。もう一度世界設定を確認するか)


 ペラペラとルールブックのページを巡る。


――霊素と呼ばれるものがあらゆる場所に存在する世界。

  それは現象に集まり、現象が終わると散って行く、人の目には見えない存在。


  ある偉大な研究者が、その逆の可能性に気がついた。

  霊素を意図的に集めることにより何もないところに現象を起こせるのではないかと。

  彼は生涯をかけてその方法を模索し、道具と体内に宿る力を用いて火、氷、風、などを操る方法を生み出した。

  革新的な発明に国が沸き、世界は魔法を扱う文明へと変貌を遂げた。


  彼の生み出した術は精霊術とよばれ、彼の生み出した学問は精霊学と呼ばれるようになる。


  だか、皮肉にも文明の革新を起こした精霊学は戦争に利用され、彼が考案した術は不完全な殺戮兵器と転用されてしまう。

 それは大地に荒廃と繁茂もたらし、ルコアル大陸は滅びへと歩みを進めていた。



(なんともまあ、殺伐な世界観だよな)


 これは世界観の項目の書き出しである。


 敵対勢力の設定に使えるかもと読み返してみたが思いの外重い話だ。さぞ発明家も無念だっただろうと、俺は息を吐き、体を伸ばした。


(無念、かぁ……)


 本来の用途とは望まぬ形で利用された技術、それがこの世界の魔法という位置づけになっている。


(ならば、もしかすると、本来の用途へと戻そうとする人物がいるのかも……)


 ふと、思い立って、ぽちぽちと打ち込んでは消し、打ち込んでは消しを繰り返す。


(こいつが歪んだ思想で、王都の壊滅を目論み、マティーニの代わりに傀儡(かいらい)にできる人物を王都に……あれ? もしかして)


 そうか、そういうことかと思うのは作り手として、どうなのかとは思う。

 だが、全体像が見えて来た。

 それと、同時に様々なアイディアが湧いては消え、また湧いてくる。


 精霊鬼を呼び出し王都の破壊を目論んでいる。


 傀儡(かいらい)になったものはマティーニとの因縁を持っている。

 傀儡である自覚はある。


 ギムレットの先生はそれを予期して、彼を人が多い都市に送り出した「人を学べ」とは「人というものが学べるほど人が多い場所にいけ」ともとれる。


 ガリアーノは敵対勢力の動きを掴んでいる。味方を探していた。ニコラシカが彼らと接触できたのはガリアーノの情報。


 アイディアが散らかる。

 その散らかったアイディアを上手くまとめるのが書き手の実力だ。


「これは……楽しいな」


 俺は自然と笑みが浮かんできたことを自覚しつつ、パソコンにかじりついた。

 がむしゃらにキーボードを叩き、湧いてくるシナリオのアイディアをメモしていく。

 叩いた分だけ、更に次の展開が見えて来きて、更にキーボードを叩く。

 それを繰り返し、時には磨き、整える。

 アイディアの繋がりを見つけてはシナリオに繋げられるかを確認する。


(流石に馬車馬亭の女主人が魔法少女のように変身する設定は伏せておこう……)


 そうしてボツにしたものは裏設定として置いておく。

 そうして、採用、ボツを繰り返し、俺は第二回のシナリオと、その設定や第三話への布石などを完成させた。


「……って朝じゃん」


 窓を見れば夜は薄れ、明るくなっていく。

 学校大丈夫かと、頭を掻き、眠たくなって来た眼(まなこ)に喝を入れつつ、俺は学校に向かうことにした。


 無論、授業には耐えられず、俺は寝た。

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