第15話 放課後のデート

「それじゃ、行こうか?」

「はい」


 そう黒木さんを促し、俺は彼女の手を取り校舎を出た。

 見た目通りの小さな手は、少し握りにくい。ついでに俺の腕の長さが合わないのか、手を握られている彼女も腕を少し上げ、大変そうだった。


――いい? サク君は一日黒木さんの彼氏のフリをして、その後、盛大にフられなさい。


 あの後、加美川先輩が言った言葉を思い出す。

 たしかにこれなら黒木さんの嘘も真として成立し、なおかつ、全てを元通りにする方法だ。


 俺の気持ちは完全にないがしろだが。

 まあそんなことは、さておき……。


「お、おい、あの黒木さんと手をつないで歩いている男は何もんだ!」

「あいつは朝、黒木さんに挨拶をした不届き者だ」

「や、やっぱり、あの噂は本当だったのね」

「きぃぃぃ、私たちのかわいい妹がぁぁぁぁ!」


 俺の命が限りなくピンチであった。

 学校から出るというだけで、校庭から、校舎から、各所から視線がぶすぶす突き刺さってくる。


 針のムシロとはこのことを言うのか。

 視線がストレスになり、胃がキリキリしてくる。

 女の子の手を握ってドキドキするなんて騒ぎではない、防衛本能からか心臓がバクバク言っている。


 握った手が強く握り返され、少し痛いたんだ。

 黒木さんを見ると、白い頬が羞恥でだろうか赤みを帯び、好奇の視線にさらされている辛さからか目が潤んでいる。


「えっと、黒木さん大丈夫?」

「……だめ、辛い」


 俺も、おそらく黒木さんも大多数に対する社交性は持ち合わせていない。

 ここは三十八計、とにかく早く校舎から逃げることにしよう。


 俺は校舎端の自転車置き場に黒木さんを連れていき、自分の自転車の鍵を外した。


ブラックラック黒木さん戦術的撤退をはやく移動しよう

肯定わかった行先は任せる」


 自転車にまたがり、黒木さんに後ろに乗るように促す。

 ひょいっと、器用に黒木さんは自転車の後部席に横乗りをし、俺の肩に手を置いた。


 女の子に肩を掴まれるなんて初めてのことだったので……あ、いや、加美川先輩が昔、肩をもんできたことがあった。

 あれは、あまりの力強さに次の日も肩が痛かったけか。


「……ねえ」

「どうかした?」

「……今、加美川先輩のこと考えてた」

「ほう、心理的読唇術かなぜわかった

「私には欠けたものが視えるの顔に出てる

「本物、だというのか……!」


 ニコリと笑う黒木さん。

 高校入るとみんな背伸びしてこんな会話しないもんな。

 きっと楽しいのだろう。


「そんじゃ行きましょうか、彼女さん」

「うん」


 それはともかく、俺は黒木さんがしっかり捕まったことを確認し、ペダルに足を乗せ力を込めた。

 はたから見れば完璧に俺と黒木さんは付き合っているように見え、これから放課後デートの流れに見えるだろう。


 現に周囲を見れば、学校の生徒に見られまくっている。

 これはもう明日の一面は頂きのヤケっぱちだい。


 俺はペダルに力を込める。

 全校生徒に注目されつつ、その視線を振り切るように自転車を進めていった。


 自転車を走らせること20分、ところ変わってここは駅前、俺の高校の最寄駅。見た目は至ってシンプル、デパートに線路が貫通し、駅がブッ込まれている。


 ちなみにそのデパートは最近、近隣にできた超大手のショッピングモールに客を取られ続け、倒産しかけていると噂されていおり、一部マニアックな構図を求めてやってくる鉄道マニアぐらいしか客がいない状況だ。


 俺たちの目的地はその駅すぐそば、商業ビルの一階にあるマクドナである。

 ここは朝方はスーツをきたおっさんで混んでいるが、放課後はものの見事にスカスカなのだ。

 ここいらの学生の放課後は、もっぱら先述の大型ショッピングモールに赴き、おしゃれにドーナッツだのクレープだのをたしなむのである。


 要はここは人混み離れたい時にうってつけな個人的穴場なのであった。


 二人で店内に入ると、店の中は評判通り閑散としていた。


 同じ学校の生徒もちらほら見かけるが、皆静かに本を読んだり、飲み物すすったりダラダラしている。


 ここならさっきのようなことにはならないだろう。


「とりあえず黒木さんは席の確保をお願いしていい? あと飲み物買うけど、アイスコーヒーでいい?」

「……それでいい。場所とってくる」


 そう言って、黒木さんは注文カウンターから離れ、店の奥に歩いて行く。

 俺はアイスコーヒーと期間限定割引で安くなっていたポテトを買い。彼女が確保した席へと向かった。


 店の奥、窓から離れた四人掛けのテーブル席に黒木さんは待機していた。

 周囲には特に客はいない。


 俺は彼女の前にアイスコーヒーとポテトの乗ったトレーを置いた。


「お待たせ。ポテトもおまけで買ってきた。つまみながら話そう」

「……ありがとう」


 お互いにアイスコーヒーを手に取り口を付ける。

 俺の口の中に鉄のようなえぐみと苦みが広がった。


 作り置きなのだろうか、時間が経ったコーヒーの酸化したような味に俺は眉を歪めかけた。

 正直いってあまりおいしくない。


 黒木さんも同じ風に思ったのか、そうそうにポテトに手を付け始めていた。


「……こっちはおいしい」

「それは良かった」


 はむはむと丁寧にポテトをかじる黒木さん。

 それを見て俺はほほえましい気持ちになりつつ、彼女に確認したいことがあったことを思い出す。


「そういえば黒木さんに聞きたいことがあったんだけど」

「なに?」

「この前のセッションの時にマティーニの設定について推察していたと思うんだけど、どういう内容だったかもし覚えていたら教えてほしい」

「……分かった」


 そうして俺は黒木さんから前回のセッションでのアドリブの情報をノートにメモっておいた。

 うん、やっぱり、面白い、この設定を基盤にして今後話を進めていこう。


 ……ルールブックにある街とか村とかを陰謀の舞台にするのは、正直やっていいのかどうかわからないが。


「ありがとう。次回のシナリオの参考になったよ」

「……どういたしまして」


 キリのいいところまで話をまとめて、俺はもう一度コーヒーに口を付けた。

 やはりえぐみがえぐい。

 ガムシロップやフレッシュミルクを持ってきた方が良さそうだ。


 俺は席を立ち、ついでに黒木さんに声をかけた。

 宇和島先輩に倣えだ。


「このコーヒーちょっと味が濃いから、ガムシロとミルクもらってくるよ。黒木さんもいる?」

「……ガムシロップ2個と、ミルク3つ」

「了解」


 もはやそれは別の飲み物では? というツッコミは置いておいて、俺は自分の分のガムシロップとフレッシュミルク、一つずつと、黒木さんの分を取りにカウンターへと向かった。


 ガムシロップ三つ、フレッシュミルクを四つ持って、俺が席に戻るとそこには苦渋の顔の黒木さんが壮絶な戦いを繰り広げていた。


「く……この程度の闇このコーヒー飲み干せぬ苦いとは……」

「どーぞ」


 もうちょっと見てみたいとも思ったが、流石に意地が悪いだろうと、俺は支援物資を差し出す。


「……悔しい」

「そう、コーヒーをにらまなくても」


 結局彼女はフレッシュミルク3つとガムシロップを3つ入れ、コーヒーの攻略を再開した。


 気がつけば、だいぶ話し込んだのか、ポテトの山もだいぶ小山になってきている。

 黒木さんが思ったよりもサクサク食べるので、残りの山は譲る所存だ。


「そろそろ明日の打ち合わせに入ろうか」

「ふぁい」


 俺の言葉に口をモゴモゴさせながら黒木さんはうなづいた。


 そう、明日、俺は彼女にフラれる。

 それで何もかも元どおりだ。


「場所は中庭、時間は昼休みでどうだろう?」

須山伝説中庭イチャコラ事件に挑む時がきた」

「……いや、あー、でもそうなるか」


 中庭イチャコラ事件時の噂の拡散スピードはそれは恐ろしく、たった一日で、中庭で須山さんとその彼氏がいちゃこらしていたのを知らない人は誰もいなくなっていた。二年生も三年生も、先生も、用務員のおじさんさえも。


 それを考えると、中庭で俺が盛大にフラれれば、その噂もおそらくかなりの速度で拡散するだろう。


 先程浴びた、嫉妬と怨嗟の視線はもう勘弁して欲しいので、あそこで別れ話をし、情報がばばーんと拡散されるのがベストだと思う。


「うん、やっぱりあそこだな。祝福されし者のリア充の絶望のスポットにしてやるか」

「……そうしましょう。あとフる前に教えてほしい」


 そういう彼女は静かな表情で俺を見つめてきた。

 透明を錯覚させてくる射貫くような瞳が俺の視線とかち合う。

 彼女の真剣な表情に俺は茶化さず、視線を返した。


「先輩はどうして、普通にもどれたの?」

「言葉遣いのことか?」

「そう、私の言葉は深淵に染まりこの口調が素現世の言葉普通におしゃべりを有していない。先輩も同じのはず、どうして?」


 彼女の疑問に俺は自問自答した。

 俺が中二病を封印したきっかけか……。


 思い出すのは高一時代のクラスの雰囲気、誰も彼もが、個人を消し、探り合うように仲間を探す。思えばその時悟ったのかもしれない。


 クラスのお調子者もいなければ、突然電波全開のセリフを発する不思議困ったちゃんもいない。

 もしかしたら俺が見つけられなかっただけかもしれないが、そんな現実に俺は心を折った。


 ああ、そうか、フィクションは実在しないのだ、と。


「俺が思うにこれ中二病は憧れなんだと思う。ただ、それは自分の身の丈以上のもので、俺はいつの間にかそんなものは存在しないと割り切ってしまった」

「うん」


 黒木さんが先を促す。

 そんな俺が出会ったのが、加美川先輩だった。

 あの時はびっくりした。まごうことなき文学少女と曲がり角でぶつかったのだから。


 そして、彼女が入った文芸部の部室に俺はワラにもすがる気持ちで飛び込んだ。

 ただ、そこにはフィクションはなく、かわりにフィクションを作る手段があった。


「そんな俺は先輩の勧めで本を読んだ。いろんな本を読んだ。すごいぞ本は、偏屈なやろうが難しい漢字をただ並べている小説や、原稿用紙五枚も紛失したのに文庫本に掲載されている話もある。いろんな単語や、登場人物の話し方を取り込み、俺はまあ、人並みに戻ったって感じかな」

「……演劇」

「そんな感じかも。やったことないけど」

「……少し参考になった。ありがとうございます先輩」


 黒く綺麗な髪を揺らし、目を細め、ニコリと黒木さんは微笑んだ。

 何か得るものがあったのだろうか。だとしたら幸いだ。


「うん、決めた。明日は全力で振る。ふるえて眠れ楽しみにしてて

「お手柔らかに」


 俺は苦笑を浮かべ、残ったコーヒーを飲み干した。

 口にしたコーヒーは少し甘く感じた。

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