第12話 反省会とプレゼント

 セッションはなんとか最低限無事に終わった。


 今の時刻は18時を回るか回らないか。


 借りていた会議室の退室時間も迫り、俺たちは片付けをし、会議室から出た。


 公民館の外まで出ると、外の陽はまだ空に残り、夕方の一歩手前ぐらいな感じだ。

 少し涼しくなった気がするが、まだまだ暑い。


 そんな中、俺たちは帰る前に少し飲み物でも飲んでいこうと喫茶店に立ち寄ることにした。


 窓際の席に各々座り、なんだかんだで女子三人が固まり、男子二人が残される形となったので俺は宇和島先輩の斜向(はすむ)かいに座った。


「GM、お疲れさん」

「ありがとうございます」


 届いたアイスコーヒーを手に宇和島先輩がねぎらいの言葉を投げかけてくる。

 こちらとしてはフォローされっぱなしだったのに……ほんとこの人俺と一歳違いか?


「でも、まだまだでした。最後は全員ぐったりさせてしまいましたし、GM難しいですね」

「いやいや、佐々倉GMなかなか良かったと思うぜ」

「そうですか?」


 黒木さんに楽しく終わりたいと言って、無理を通したが、でも結果はどうだろう。

 最終戦のぐだぐだ感はどう考えても俺のミスだ。


「ああ、俺が思うにTRPGの良さって言うのは演劇でいうアドリブ……に近いものがあるからな。佐々倉は俺たちプレイヤーの意見を必ず考慮してくれただろう? ああいう、進行をしてくれるやつってなかなかいないだぞ」

「いや、ただ、俺は楽しくなれればそれでと思って」

「なるほど、やっぱ佐々倉はGM向きだわ」


 けらけらと笑いながらコーヒーを啜る先輩。

 ……GM向きか、どうなんだろうな。


 隣を見れば、黒木さん、須山さん、そして加美川先輩が楽しそうに話を弾ませている。

 なるほど、華がある光景だ。


「次に伸ばすとしたら、やっぱり【剣術の極意】ね」

「私は順当に【精霊術の極意】かしら」

「……パーティバフ掛けられる【戦略の心得】」


 まて、こやつら次のキャラクターの成長計画を練っていらっしゃる。全然、華々しいくない。恐ろしい。


 ルールブックを取り出し、ギフトカタログでも見るような感覚で技能の選別を行っている。


 どうにも、次のシナリオに期待してもらっているようだ。


「な?」


 けらけらと笑いながら、宇和島先輩は同意を求めてきた。


 今回の失敗は次回に取り返せばいい。

 うん、まあ、そうだろう。


「みたいですね。ありがとうございます」


 少し気分が前向きになったのか俺は笑った。

 前向きになったついでに、少し離れた隣の席の加美川先輩に声をかけた。


「先輩。ちょっといいですか?」

「どうしたのサク君?」

「付き合ってください」

「――がは、ごほ、ごっほ」


 なぜか先輩はむせた。

 俺はへこんだ。いや、なぜへこむ?


 ややあって、体裁を立て直した先輩が三つ編みをくるくる手でいじりながら俺をにらみつけてきた。

 ああ、これは怒っているときの先輩のサイン。


「……えっと、どう言う意味かしら?」

「本屋へ、ルールブックを買いに、付き合ってほしいのですが」


 先輩はおそらく怒っているので、俺は慎重に、丁寧に、目的を伝えた。

 先輩は肩を落とし、ため息を一つ吐いた。


「いいわよ。でも本屋よりもアッチの店の方がいいんじゃないかしら?」

「アッチの店?」

「くればわかるわよ」

「はい」


 ぴしゃりと詮索を断ち切られ、俺は会話を止めた。

 アッチの店……。いったいなんなのだろうか。


 その後、十分ちょいお店で涼んだあと、俺たちは店を出た。


 時刻は19時の少し前、帰るならそろそろ帰った方が良さそうな時間だ。


 宇和島先輩は黒木さんを送ると言って黒木さんと帰り、須山さんも寄っていくところがあると言って帰っていった。


「それじゃあサク君。いきましょうか」


 残された俺と先輩はそのアッチの店とやらに向かうことになった。


 先輩に案内されたどり着いたアッチの店とは『アッチ』の店だった。

 アナログゲームショップ『アナログスクラッチ』通称アッチ。

 駅前から少し歩いたところにある雑居ビルの中にこの店はある。


 先輩に雑居ビル案内された時は始末されるのかと思って、ちょっとドキドキした。

 なにせ命を狙われる理由に心置き当たりがありすぎるし。


「こんなところにおもちゃ屋があったんですね」

「おもちゃ屋じゃなくてアナログゲームショップね」


 そう先輩にくぎを刺さされる。

 確かに見渡してみても子供が遊ぶようなおもちゃやプラモデルは置いていない。


 代わりに店の中央には、綺麗に区分された数多のダイスが陳列され、壁沿いの棚には立A4サイズのバカでかい本と、バラバラに積み上げられている謎の箱。需要があるのかわからないゴブリンやドラゴンのミニチュアが並ぶショーケースもある。


 そこまで広くないこの店は、俺が見たこともないアナログゲーム遊びであふれかえっていた。


「とりあえず、ルコアル精霊譚のルールブックはあのあたりよ」


 そう先輩に教えてもらい文庫本が並んでいるの棚を調べてみる。


「ん?」


 ルールブックはすぐに見つかったが、なんかリプレイと抱えれた文庫本が混ざっている。なんだこれ。


「先輩、リプレイってなんですか?」

「ほかのプレイヤーがそのルールでプレイした内容を書き起したものよ。サク君も一冊買ってみたら? 参考になるかもしれないわよ」

「……うーん」


 ポケットから財布を確認してみると、残りの電車賃を分けてギリギリルールブックとリプレイ本が買えるぐらいはお金が残っている。

 先輩の勧めもあるし、買ってみるか。


「そしたら、ちょっと買ってみますね」

「そう、読み終わったら貸してね」

「……そーいうことですか」


 ニコニコ笑う先輩にやられたと思いながらレジにルールブックとリプレイ本を出し、お金を払う。

 先輩も何か買ったようで、俺の後でレジにお金を払っていた。


 店を出ると日は沈み、辺りはかなり暗くなってきていた。

 街灯がともり、道行く人も、学生ではなく、サラリーマンっぽいスーツを着た人を多く見かける。

 どうやらだいぶ時間が経ったようだ。


「サク君、これ」


 雑居ビルを出てすぐ先輩が何かが入った紙袋を手渡してきた。

 さっき買ったものだろうか。


「なんです?」

「今日のお礼よ」

「はぁ、そういうことなら」


 そういって俺は先輩から紙袋を受け取る。

 触ってみるとなんか下の方にゴロゴロしたものが入っているのが分かる。

 俺はなんとなく正体が分かった。


「えっと、中見ても?」

「ええ」


 そういって、俺は紙袋を開くとそこには赤く透明の10面ダイスが6個ほど入っていた。


「えーと、先輩からのプレゼントとてもうれしいのですが、このダイスって」

「次もよろしくね、サク君」

「……。先輩、お礼とお願いが一緒になってますよ」

「次もよろしくね、サク君」


 大切なことなのか二回言われた。

 俺は肩を落とした。でも気分が落ちたわけではない。


 ちょっと力を抜きたかっただけだ。


 いままで完全無欠の文章家で、別次元の存在だと思っていた先輩に頼られている。


 そう思うと悪い気がしない。


 何より今回の反省を反映して、今度こそうまくやり切りたい気持ちがある。


「分かりました。やってみますよ」

「ありがとう、サク君」


 ニコニコと喜色満面の笑顔を浮かべる先輩。

 敵わないなぁと、俺はあらぬ方向を向いた。


 そうして俺は二回目のセッションへ向けてシナリオを書くことにした。

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