第11話 ゴーレム戦
とにかく戦いは始まった。
ゴーレムとパーティとの距離は10メートル。
このゴーレムのスペックなら最初の行動でパーティに詰め寄れる距離だ。
「GM、全員で作戦会議してもいいか?」
「わかりました」
宇和島先輩が状況を見て俺に進言し、俺は先輩の要望を了承した。
いくらでも話し合ってほしい。まじでごめんなさい。
プレイヤー一同は状況を話し、手持ちの技能でなんとかできないか、何かアイディアがないか頭をひねる。
「……GM。このセッションの目的はあくまで薬草の採取? さっき採取は完了したと言っていたけど、目的のものは手に入っているの?」
「はい、大丈夫です。十分な量が確保されています」
俺がそう伝えると、黒木さんは再び考えた後、手を上げ、皆に提案を行った。
「……撤退戦でどう?」
なるほど、デジタルゲームではこういうボス戦は必ずと言っていいほど逃げられないけど、TRPGならありだ。
シナリオ的にも薬草を取って帰るだけなのだから、俺はその終わり方でもいいと思う。
「そうね、目的は達成しているわけだし、いまの私たちじゃゴーレムに勝つことができない。それの方針でいきましょう。みんなもそれでいい?」
加美川先輩が話をまとめて皆に確認を取る。
しかし須山さんがおずおずと手を挙げた。
「それでいいと思うけど、移動力足りるかしら」
ルコアル精霊譚の戦闘には移動という概念が存在する。
重い装備を付けていれば付けているほど移動ができないようになっており、須山さんが懸念しているのはゴーレムに近寄られ『接敵状態』に入ってしまわないかということだろう。
接敵状態とはおよそ一メートル以内に敵がいると、お互いに移動ができなくなるというルールだ。
ちなみに先ほどまでシェイクステアと、ガフが雑魚敵の突進を防ぐのにも使っていたルールでもある。
ただ今回は敵から逃げるということで、ゴーレムに追いつかれたら、移動ができなくなってしまうこのルールがネックになっているらしい。
「GM、ゴーレムの大きさから移動距離って推察できる?」
「えー、1ダイスを振ってファンブルが出なければ推察できます」
即席の判断だったか、なるべく情報は渡したほうがいいだろうと俺はかなり甘めの条件を提示した。
須山さんがサイコロを転がす。サイコロの出目は2、ファンブルは避けられたようだ。
「ファンブルではなかったので、公開します。移動距離は10m。戦闘が始まったらすぐに近づいてきます」
「げぇっ、それじゃ追いつかれるわね」
げんなりとした顔の須山さん。
同じように渋い顔をしている宇和島先輩。
「俺も移動力が足りないな。シェイクステアもすぐに追いつかれるぞ」
前衛組二人は敵の直接攻撃を受ける都合上、どうしても防具の装備が多く、移動距離が減ってしまう傾向にあるらしい。
「そうなると、死人なしでの撤退戦は無理ね……戦うしかないわ。とりあえず、陣形を決めましょう」
そう加美川先輩が話をまとめて、各自立ち位置を決めていく。
前衛はシェイクステア、ガフ、それと――
「……ギムレットも前に出る。ゴーレムなら攻撃が当たりにくいし」
そう黒木さんが宣言し、的を散らすためにギムレットも前衛に参加する。
後衛にはマティーニ。攻撃の要(かなめ)である彼女は攻撃を受ける機会を減らすため、少し下がった位置にいるようだ。
シャンディはパーティが全滅した場合に逃げられるように後方待機。
「そもそもゴーレムの攻撃が直撃したらガフでギリギリ一回、ほかのメンバーは出目次第で死ぬ、回復の暇がないわ。だからなにとぞシャンディは後ろに!」
彼女の配置は須山さんことガフが全力でパーティ皆を説得し、決定された。
実際ゴーレムの攻撃力は高い。うっかり
「ところで皆さん。なんだかゴーレムの攻撃力や命中率はよく知っているみたいに話していますが、どうしてです?」
ふと俺は皆の会話を聞いて疑問が沸く。
「あー」
その疑問に宇和島先輩が視線で答えた。
彼の視線の先には加美川先輩。
「あー」
何となく想像できた。
「前回のセッションはもしかして全滅でした?」
「……」
無言で肯定する先輩に、俺はその時起こったであろう地獄絵図を思い浮かべた。
先輩ダイスの出目がおかしいぐらいに高いからな……おそらくゴーレムの欠点である命中や回避をダイス目で補ってしまったのだろう。
「あー、それでは陣形も整ったようなので、戦闘に入ります」
不安要素がてんこ盛りだが臆していても仕方ないと、俺はこのセッション初めてのボス戦が始めることにした。
俺の宣言に一同はうなずく。
この敵を用意したのは俺だが、どうか無事で生き残ってほしい。
さて戦闘のルールだが、ルコアル精霊譚の戦闘は敵味方の行動力をまとめ、高いキャラクターから順番に行動していく。
今回の順番はゴーレム、ギムレット、マティーニ、シェイクステア、ガフの順。
キャラクターの順番が来たら、移動、攻撃の順番で行動を行い、次のキャラクターへ順番を回す。
これが基本の流れだ。
「それじゃ、まずはゴーレムからですね。移動を行い一番近い位置にいるガフに向かいます。それから攻撃、技能はなし」
俺は攻撃が成功するかどうかを決めるためにダイスを振る。
技能無しでの攻撃はダイス目の数字が半分になってしまう。
ただ、判定前の出目で10なら
俺のダイスの目は7、半分にすると3,5、小数点は切り上げなのでこの場合は4だ。
これに元々設定されている命中力を加算し、攻撃を受ける相手はこの数字をもとに回避ができたかを判定する。
「出目が高いわね。回避に挑戦するわよ。技能は無しこっちは6の半分で3」
その出目の数字に回避力の数字を足し、相手の攻撃時の数字を超えられれば回避に成功する。
結果、今回はゴーレムの攻撃が外れた。
「それならばゴーレムの攻撃は当たりません。これでゴーレムの順番は終わりです」
「……次はギムレット。GM、技能はないけど、敵の情報を看破することは可能?」
「今回は可能です。条件はさっきと同じ、ファンブルしなければオッケーで」
「……分かった。――うん、成功。……
あー、こいつは師匠が言っていた戦時中の兵器じゃないか。ゴーレムの情報を看破します」
黒木さんが判定に成功し、俺はシナリオシートからゴーレムの情報を伝える。
ざっくりいうと硬い、強い、当たらない。
「それじゃ次は私の番ね。攻撃するわよ【精霊術の強化】――成功。【精霊術:炎】――
加美川先輩がダイスを回し
いやいやまてまて、先輩、三回に一回はクリティカルを出していないか。
しかし、オープニングであったような
「これで―――出目は32ね」
五より下が無い……先輩本当にダイスの目が高いなぁ。
ダメージダイスの数値にキャラクターの魔力の数値を足し、精霊術の威力を算出する
「えー……16ほどダメージが入りました。ぴんぴんしています」
クリティカルが出て、かつ祝福の子の効果で威力が上がった精霊術でも、いまいちダメージが通っていない。
強い。マジで強すぎる。どうしよう。
「16か。さっきの情報からだと残りHPが64。さっきのダメージも安定して出せないだろうし10ターンぐらいは必要か?」
宇和島先輩がゴーレムのHPを算出して、眉間にしわを寄せる。
その予測を聞いた黒木さんが言葉を返す。
「……そのうちに当たる」
「ああ、さすがにその間にファンブルかクリティカルが出て誰かに被弾するだろうな……何か手はないだろうか」
そう言って考え込む宇和島先輩。
一手一手を間違えられない、なるべく効率がいいダメージをゴーレムに与えないと、そのうちゴーレムの高威力攻撃が当たってしまうかもしれない状況だ。次の行動を催促をするのは野暮というもの、俺は宇和島先輩の言葉を待つことにした。
時間にして1分弱、ふと何かをひらめいたのか、宇和島先輩が手を挙げた。
「GM、一つ相談なんだが、こちらでタライトラップはつくれないか?」
「え!?」
タライトラップは森の入り口で俺が間違えて使ったトラップだ。
確か内容は防御力無視で。1ダイスのダメージ……あ、なるほど防御力無視か。
「えーと、でも、ちなみにタライはありますか?」
「あー……あのタライ拾ったか?」
一同首を横に振る。思い出してみるが、確かに誰もあの時タライを拾うと宣言した人はいない。
だが、せっかくのアイディアだ。できれば拾いたい。というか拾わないと人死にが出る気がする。
んーむ……あ、そうだ。
「それじゃシャンディが『何かの役に立つかも』と拾ったことにしましょう。後衛にいるシャンディまで行けば一つもらえる」
「そうと分かれば、皆にそのことを伝えて、シャンディに近づこう。彼女からタライをもらう」
「そしたらシャンディはシェイクステアにタライを渡します。あとトラップにしなくてもそのまま殴れば効果があるってことにしましょう」
「分かった」
宇和島先輩はうなずき、順番を終えた。
次は須山さんだが――
「ガフは接敵状態だから受け取りには行けないわ。このまま攻撃、技能【二刀の心得】で左右の剣を別々に振るう――成功。1回目技能【剣術の心得】ーー」
本来ならかなりのダメ―ジが期待できる二回攻撃だが、ガフの攻撃は敵の防御力を超えることができずノーダメージで終わる。
そうして、一ターン目が終了し、再びゴーレムのターン。
「それじゃあ移動もできないので、再びガフに攻撃を行います」
そう宣言し俺は再びダイスを振るう。
出目は6、半分にして3なので、ガフの能力ならファンブルが出なければ当たらない。
「なら回避。――って、げぇ、完全失敗(ファンブル)」
「それなら攻撃当たります。ダイスの結果は――12、ダメージは42ですね」
「防御力は10だから32ダメージ……あとHP3!」
「ひっ」
思わず悲鳴がこぼれてしまった。
序盤の敵のどこかで苦戦していたら即死だったじゃないか。ぐおおお、まじこのゴーレム強い。
とにかく次はギムレットの順番だ。
黒木さんも宇和島先輩と同じく、タライをもらいにギムレットを移動させることを選択した。
そして順番らマティーニに回る。
マティーニは先ほどと同じ技術を使い今度は8点のダメージをゴーレムに与えた。
「よし、皆タライはもったか!」
「……おー」
絵面を想像するととてもシュールなものになるが、シェイクステアはタライを持ってゴーレムに接近。
技能なしでタライを振りかぶる。
完全失敗(ファンブル)もなく、見事に命中。
ダメージは防御無視で5点と順調にゴーレムのHPを削ることに成功。
ほぼノーダメージと言う状況からダメージが入る状況に変わるというのはなんと心強いのだろうか。
こうなってくると勝負はほぼ決したようなもので、シェイクステア、ギムレットが前衛に出てタライでゴーレムを袋叩きにしつつ、ガフは一度下がりシャンディから治療を受ける。
タライよりも火力がでるマティーニは精霊術を炸裂させ、ついにはゴーレムを半壊に追い込む。
ゴーレムも反撃を行うが、俺の運の悪さからか5より上の数字が出てこない。
そして4巡目、シェイクのタライ攻撃でゴーレムは残りHP1桁まで追い込まれた。
「ーー今のダメージでゴーレムの体が崩れコアのようなものが剥き出しになるあと一息だ」
「これで最後っす。と、ガフが技術【投擲の心得】でタライをぶんなげるわ! クリティカルなし命中は15」
「だめですね。回避はできません。ダメージお願いします」
「4ね」
「それじゃ、がいんと小気味のいい音を立てて、コアが砕け散ります。ゴーレムは瓦解し、この戦闘はあなたたちの勝利です」
終わったーとテストが終了したときのように一同机に突っ伏した。
あれから一度も攻撃は当たらなかったが、うっかり俺がクリティカルか、相手がファンブル出して居れば死人が出る戦いだった。
そんな、計り知れない緊張感から解放されれば誰だってそうなる。俺だってそうしたい。
だが、そうする前に一度このセッションを終わりにしなければいけない。
俺は疲れた体に力を入れて、皆に宣言をした。
「そしたら無事に薬草採取が完了したパーティ一同は義賊団のアジトに無事に戻ることになりました。これにてセッション終了です!」
「おー……」
各自のうめき声を聞いて、今回のミスを痛感する。
時間がなかったとはいえ、ちゃんとルールブックを読んでおけばこんなことにはならなかったのに。
「サク君、いいセッションだったわよ」
「はい……」
フォローなのだろうか、起き上がった加美川先輩はニコリと笑い俺に声をかけてくれた。
(だが、この惨状はなぁ……)
ゲームクリエイターを目指す俺としてはやはりこのセッションは失敗したのだと、痛感させられるのだった。
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