第10話 最初のトラップと最後のトラップ

 ついにダンジョンだ。

 俺はウキウキしながらダンジョンのシートを取り出した。


 少なくとも今回作ったシナリオの中で一番、時間が掛かった部分だ。

 とりあえず読み間違えないように盗賊のアジトのころの情報は横線を引き消しておく。


「えー、それでは一同はシャンディと共に薬草の取れる森に向かいます。日数は三日、特に野盗や魔物の襲撃などはなく目的地に到着しました」


 俺は一息置きプレイヤー達に見えないように気を付けながらダンジョンマップを手に取った。


 渾身のマップだ。うっかりしてプレイヤに見られて、ネタバレするのはなるべく避けたい。


「不思議な力の影響で森は入り組んでおり、中では魔物が巣食い、天然のトラップが張り巡らされています。目的の薬草はシャンディが分かるとのことなので、彼女を同行させ森を探索させる必要があります」

「……それじゃマップを書くのはギムレットがやる。戦闘はほとんど活躍ができないし」


 ああ、確かに交渉メインだったものなギムレット。


 一応このルコアル精霊譚では技能がなくても攻撃はできる。

 ただ使える武装は振ったり叩いたりとシンプルなことができる近接武器に限られ、攻撃の命中判定もほかの人より厳しくなる。


(次は彼が活躍できるシナリオにしてもいいかもしれないな)


 いつのまにか、もう次のシナリオのことを考えている自分に気がつき、俺はクスリと笑ってしまった。


「了解。そうしたらシャンディも『私も戦闘ができないので』といってギムレットのそばで待機する」

「しゃ、シャンディ!? GMいきなりそれはないんじゃないの! ガフが愕然とするわよ」

「えぇー……」


 須山さんからの猛抗議、いや、だって戦う人のそばにいたら、邪魔になるし。


「まったく、サク君は女心がわかってないわね」

「……分かってない」


 女性陣からのグサグサと言葉のジャックナイフが飛んでくる。

 女心がよくわからない。マジ助けて。


 とりあえず、ガフに何かフォローをすればいいのだろうか。


「ええっと、そしたらシャンディはガフにニコリと頬笑み『頑張って』と励まします……?」

「悪女じゃん! それ完全に悪女よ。でもガフはちょろいから『よっしゃ頑張るっす』とコロリとオチるわ」


 ちょろい。というか、フォローされたとみるべきか。


 その後ワイワイ隊列を決め、前衛にシェイクステア、ガフ、後衛にマティーニ、殿(しんがり)がギムレット、シャンディになった。


 後ろから襲われたらギムレットが死なないうちに隊列を入れ替えようという作戦らしい。


「GM質問いいか?」

「はい、なんでしょう宇和島先輩」

「シャンディの能力と技能を教えてほしい」

「えっと、ちょっとまってください――」


 とりあえずメモ皆のデータを見ていく。その平均値をざっと目算し、俺はシャンディのHPを割り出した。


 あとは技術か、とりあえず回復アイテムの効 果が上がる【医術の心得】は取っておいていいか。


「HPは20、防御力は0、技能は【医術の心得】を取得しています。攻撃はできないと思ってください」

「なるほど」


 そういってメモをしていく宇和島先輩。

 ハッ、まさか、俺がシャンディのデータを用意していなかったことを察して?


 いやいや、さすがに考えすぎか。しかしこのイケメンならそこまで考えが及びそうだよな……。


「それじゃ隊列を組んでダンジョンに突入するわよ」

「あ、ダンジョンに入ります?」

「ええ」


 加美川先輩の宣言に対して、俺はダンジョンの入り口の情報を確認した。

 入り口にはX印、これはトラップがある印だ。


 ふふふ、まさか第一歩目にトラップがあるとは誰も思いもしないだろう。

 まさに悪魔の所業、徹夜のテンションがなせる人ならざる掟破りの初手トラップ。

 俺はニヤリと笑顔を浮かべ、先輩に向けて宣言をした。


「トラップが発動します」

「へ?」


 そういって、俺はトラップの内容を確認するためにシナリオメモを読み返す。

 発動するトラップは【タライ】と記載されていた。


 俺は頭を抱えた。

 他の要素はだいたい差し替えていたのに、やってしまった。


 黒木さんとの約束があるから、宣言を引っ込めて「トラップは無しです」とやり直すのは流石にダメだ。

 ええい、こうなればヤケだ。

 正直にいこう、正直に。


「……えっとー……タライが落ちてきます」

「ちょっと、なんで森にタライなの!?」


 俺だって知りません。


「えー、ガインと音を立てて、各自の頭にダメージが入ります。水が入っていないので殺傷力は低めです。ダメージは――」


 そういって俺は借りている10面ダイスを転がす――4と出たので、各自4点ダメージだ。


「防御力無視の4点ダメージです」


 俺はにこやかにダメージを伝えた。


 しかしそれはプレイヤー一同に火を付けてしまった瞬間だった。


 その後、俺は突貫で配置した狼や巨大ネズミをプレイヤーにけしかけるが、シェイクステアかガフが上手い具合に足止めをし、その隙にマティーニが爆砕。


 トラップもシェイクステアが、手にした棒を地面に叩くなどしてに最小限の被害で発動、もしくは発見され、未発動のトラップは全てマティーニが笑顔で爆砕する。


 先輩、あなた地雷処理機ですか! うおおおお、俺が徹夜して作ったダンジョンがぁぁぁ!


 そうして小一時間、プレイヤーたちは各フロアを回り、拾うものは拾いつくし、彼らはついに最後のフロアに到達したのだった。


「……えっと、ですね。そこには目的の薬草が群生しています。木々は薬草にその場所を譲るようにして生え、広い空間になっています」

「GM、あたりに敵の気配はあるか?」

「いいえ、ございません」


 きっと俺は死んだ目をしている。

 まあ、みんな楽しそうだからこれでいいのか。うん。


「それじゃシャンディたちに採取させましょう。一応その間戦闘できるメンバーは周りの警戒」

「えー、それじゃ薬草採取が一通り終わったころ、ズンズンと地面が揺れ、巨大な影がパーティに迫ります」

「お、ついにボスか! って巨大な影?」

「はい。ゴーレムです」


 俺の宣言に一同血の気が引いた顔をした。

 あれ、ゴーレムってレベル1向けのボスじゃないの?


「……ちなみに、五体満足? 体中ヒビだらけとかはない?」

「ないです」


 黒木さんの確認に俺は言葉を返した。

 データ通りなのだから、五体満足だ。


「えーと? GMルールブック見た?」

「え、はい。レベル1で倒せるボスだって」

「もっかい見てみて」


 須山さんに言われ、俺は確認をするため、ルールブックをぺらぺらめくり、ゴーレムの項目を開く。

 そこには小さく注釈が書いてあった。


※このモンスターは元データのままではレベル1で攻略は難しいでしょう。何か理由を付けて弱体化推奨です※


「な、なな、なんじゃそりゃぁぁぁ!」


 俺は叫んだ。

 最後の最後でトラップにはまったのは俺だった。

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