第7話 プロローグ 掟の旅立ちと旅の学者

 俺は息を吐き、周りを見渡した。

 緊張して来たのか、手がちょっと冷たくなってくる。


「それではオープニングを始めましょう」


 俺の宣言に一同はうなずいた。やばいちょっと緊張が増してきた。


 俺は緊張で、冷えてきた手をぐーぱーと握り開きしながら誤魔化した。

 それから念のためオープニングでやるべきことを確認しておこうと、俺は修正したシナリオに目を通す。


 このオープニングの目標は全員を合流させて、薬草採取に向かわせること……綱渡りが過ぎる気がするが、当たって砕けろだ。


「えっと、宇和島先輩からでいいですか?」

「お、いきなり出番だな、オッケーだぜ」


 最初に登場させるのは宇和島先輩ことシェイクステア。


「シェイクステアは一族の掟で旅をしているんですよね。今どこに向かう予定なんですか?」

「そうだな……大陸で一番大きな都市、かな?」

「なるほど、それじゃ――」


 そういって俺はルールブックに張り付けた付箋から世界設定の項目を開く。

 エイトワーズと呼ばれる王都があるので、そこを先輩に見せた。


「ここなんてどうですか? 王都エイトワーズ、未来を見通す魔女が管理するといわれている王都。大きい都市ですし、酒場で周辺地域の情報を集めることも、依頼をこなしてお金を稼ぐこともできます」

「それじゃあそこにしよう。俺は馬車に乗りエイトワーズを目指す。のんびり景色でも楽しみながら馬車の荷物になろう」

「……GM、私も登場していい? たまたま同じ馬車に乗っていたってことで」


 すっと手を挙げる黒木さん。

 おお、なんだかみんな協力的だと嬉しいな。


「オッケー、それで行きましょう」

「じゃあ、しばらくシェイクステアを観察する。技能【悪意の看破】を使用」

「用心深ッ!?」


 俺は思わず黒木さんの行動にツッコミを入れてしまった。


「……でもギムレットは昔、過酷な環境にいたからなかなか素直に人を信じられないの」

「なるほど、それじゃ技能の成否を決めるのでサイコロを振ってください。対象は【悪意の看破】を幸運の数字でガードすることができます。するかどうかはお任せで」

「分かった。でもまあ、じろじろ見られているぐらいならたぶん何もしないかな。遊牧民の恰好がめずらしいのかなって感じるぐらいか」

「……それじゃ、ダイス回す」


 そういうと黒木さんは10面ダイス一つ手に取りテーブルに放った。


 ルコアル精霊譚の技能は【心得】【極意】【奥義】【神髄】の四段階。基本的に段階が上がるごとに振れるダイスの数が増えその行動の成功率や効果が上がっていく。


 今回のギムレットの【悪意の看破】は少し特殊な機能だ。

 成長はできないが、GMから登場キャラクターの情報を聞き出し、シナリオを有利に進めることができる。


 俺はルールブックを確認しながらダイスの結果を見た。


「おや」

「……ファンブル」


 10面ダイスは1の数字を上にして制止していた。

 完全失敗(ファンブル)だ。


 このゲームは技能使用時、全てのダイスが数字が1の場合、完全失敗(ファンブル)として扱う。

 効果は簡単、問答無用でその技能を失敗する。


「えー……だったら、彼からは悪意は見て取れない。むしろ好感を持てる人物だ。加えてギムレットは悪意の看破が失敗したことに気がつかないってところかな」

「彼に声をかけます」


 ちょろい! 素直に人を信じられないキャラはどこに!?

 そんな俺の内心のツッコミをよそに、黒木さんは再び「あー」と声色を変えてギムレットを演じ出した。


「――なあ、あんた旅は初めてかい?」


 演劇部、恐るべし。

 うちの高校の演劇部こんなに凄いメンバーいたのか。いつかゲームを作ったら彼女にも声をかけよう。

 黒木さんからの即興のお誘いに宇和島先輩もニヤリと笑い、応じた。


「そうだが、それが?」

「あー……いや、気を悪くしちまったんなら、悪い。俺はギムレット。見てのとおり旅の学者だよ。……とはいってもこの旅が初めてでさ。なんだか不安でね」

「そうか、私の名はシェイクステア、長いからシェイクでいい。一族の掟で世界をめぐる旅をしている。君は?」

「師匠が世界を見て回って人間を学んでこいとさ。なあ、一つ提案なんだがよかったら一緒に行動しないか? 見ても、話しても、あんたは信用できそうだ」


 そのようなやり取りを続け、二人は意気投合し、シェイクステアとギムレットは仲間となった。

 うんうん、よかった。まずは無事に合流できた。


(さて――それじゃテンポよくいきましょうか)


「えー、それじゃあその日の夜。夜の間は馬車は動けない、見張りを立てて朝を待つことになる。えっと、この辺りは盗賊も出るとの噂なので」


 そういって俺はちらりと先輩の方に目配せを送る。

 先輩は軽くうなずき、声を上げた。


「それじゃマティーニは馬車を襲います♪」

「は?」「え?」


 殺意高めの加美川先輩の宣言に、宇和島先輩と黒木さんはそれぞれ疑問符を吐き出した。

 状況説明より先に、待たせていた二人の行動を優先しようと俺は話を進めることにする。


「それじゃ先輩いや、マティーニ。見張りに見つからないかの判定を」

「それには及ばないわ!」


 そういって俺の言葉を須山さんが遮った。


「祝福の子の効果には精霊術の効果範囲を広げる【精霊術の全体化】、精霊術の威力を上げる【精霊術の強化】、夜でも霊素を視てターゲットを見ることができる【精霊視】があるわ。それを使えば見張りから気づかれない距離でも攻撃可能よ!」

「まじっすか。なんだそのインチキ!」


 俺は改めてルールブックの技能の項目を確認する。

 祝福の子……ああ、はいはい、確かにそう書いてある。


「……まじっすね、そのインチキ。どうします先輩?」

「もちろん。全部、使うわ」

「ですよねー。それじゃどうぞ」


 俺が諦めたようにそういうと、ニコニコしながら先輩はダイスを握り、まるで呪文を唱えるように使用技能の宣言を始めた。


「【精霊術の全体化】――成功、【精霊術の強化】――成功、【精霊視】――成功、【精霊術:炎】――あ、過剰成功(クリティカル)」


 そう先輩が宣言したのでテーブルを見ると、ダイスは0、この場合は10の目を上にして制止していた。

 過剰成功(クリティカル)とは、判定などでダイスを振った際、ダイスのどれか一つでも10の目が出ると発生する。


 効果は完全失敗(ファンブル)の正反対のようなもので、発生するとすべての判定は強制的に成功というものだ。


 加えて、今回のような攻撃の成功失敗の判定をするときにクリティカルを発生させると、必ず命中するほか、もう一度ダイスを振りなおし、クリティカルを成立させた回数だけダメージ計算時のダイスを増やす効果がある。


「おお、それじゃこれでダメージ計算の時ダイス+1ですね」

「それじゃあもう一度振りなおして、――あ、また過剰成功(クリティカル)ね」


 百分の一をあっさり引き当てる加美川先輩。

 彼女はルールにのっとりもう一度、ダイスを振りなおす。


「えい――過剰成功(クリティカル)♪」


 まって、まってまって。確率仕事して!?


「せ、先輩! なんでそんなにでるんですか!?」

「さすがにもうでないわよ。――あ、過剰成功(クリティカル)」


 ちょ、まって、確率さん息してない。

 やばい、変な汗が、ドキドキが止まらない。


「さ、しゃすがにこれは、――過剰成功(クリティカル)」


 はわわ……。


「今度こそ―― く、過剰成功(クリティカル)、なんで!?」


 それはこちらが聞きたい。


「つ、次、お願い――や、やっと、止まった」


 暴走する魔力を必死に抑えるような声に反応したのか、ようやくクリティカル以外の目がでた。


 その出た目を見て胸をなでおろす先輩。

 しかし場はすでにお通夜モードに突入していた。

 攻撃を受ける宇和島先輩と黒木さんは回避判定にクリティカルを出せれば、生き延びることができるのだが、結果は失敗。座して死を待つと言わんばかりに沈黙をし、結果を待っている。


 俺は頭を抱えた。

 なんだその幸運値、俺にも少し分けてほしい。


 先輩は神妙な面持ちでカバンからダイスケースを取り出し、10面ダイスを手持ちに増やしていく。


 通常のダメージ計算の時のダイス数が2、そこに【精霊術の強化】で+1ダイス、クリティカルの効果で+6ダイス。

 合計9ダイス分攻撃力が上昇することになる。


「えーと……奇襲で遠距離から精霊術を放ちます」


 攻撃の宣言と共に先輩がダイスを放る。

 けたたましい音を上げ、テーブルを回るそれを俺をはじめ、皆はかたずをのんで見守った。


結果――。


「えー、あー、はい。マティーニの放った一撃でシェイクステアとギムレットは馬車諸共、消し飛びました」


 消し飛びました。

 跡形もなく。

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