第5話 キャラメイク破壊編

 俺は加美川先輩から借りたルールブックを読み直した。

ゲームの大まかな流れを確認するためだ。


(なるほど、このゲームでは何話も掛けて話が続くシナリオのことをキャンペーンと呼び、そのキャンペーンのシナリオ一話一話のことをセッションというのか)


 進行をする上での流れを確認しながら、俺はルールブックから顔を上げた。


「えっと、俺一話分のシナリオしか作っていないんですけど、一話完結って感じにしますか?」


 俺は手を上げみんなの意見を求めた。

 正直盗賊を退治するだけなら、事件解決後解散、もしくは昨日の伏線を張り巡らせて長編シナリオにすることもできる。


 ……長編の際は結末を決めてないから正直頓挫しそうで怖いけど。


「とにかく一話遊んでみてでいいと思うぜ?」


 宇和島先輩の提案に一同がうなずく。

 それもそうか。


「えーそれじゃ新しいキャラクターの制作からスタートで、お願いします」


 そういうと各々キャラクターシートをクリアファイルから取り出す一同……おや、ゴスロリこと、黒木さんがもたついている。


「あ、あの……キャラシ忘れてしまったみたいで……」


 おずおずと手を上げる黒木さん。生憎、俺もキャラクターシートは持ってきていない。


「じゃ、俺の余っているから使いなよ」


 すかさずイケメン宇和島先輩が見事なイケメンムーブで黒木さんのフォローにはいる。

 ああいうのができる男なのか。なるほどなぁ。


 無事黒木さんにもキャラクターシートが行き渡った。妙にかしこまる彼女を見ながら、俺は話を進めることにした。


「えーなになに、最初にキャラクターは成長点30点で技能を取得する。その際に10面ダイスを一つ振り1が出たプレイヤーは特殊技能『祝福の子』を選択しても良い、というので各自ダイスロールをお願いします」


 俺の進行に合わせてイケメン、ゴスロリ、小動物系女子、先輩がダイスを振る。


 コロコロというより、カツカツというダイスが転がる音が響き、各々声が上がる。


「あ、私1だわ」

「俺も1だ」

「……わたしは10」

「あたしは4ね」


 思いの外1が出たというのが俺の感想。

 イケメンと先輩が1、ほかのメンバーは別の数字。

 祝福の子の能力がよくわからないが、遊んでみればわかることだろう。


「それじゃ、その結果をもとに技能の取得をお願いします」


「今回役割どうする?」

「祝福の子が二人だからバランス悪くなりそうだよな」

「それじゃあ今回は各々が最強と思う組み合わせで高火力で切り抜けるパーティにしましょう」

「負けるときは潔く、なるほど、それ面白そうね」

「……わかった」


 話し合うこと小一時間、って、長い! TRPGのキャラクター制作ってこんな時間がかかるのか。


 このゲームのキャラクターは技能、スタイル、他のプレイヤーとの関係性、目的の5つの要素で構成されている。

 技能で使える特技をチョイスし、スタイルで技能に合った基本ステータスを選び、関係性や目的はロールプレイの補助になるみたいだ。


 なるほど、ただ漠然と演じてというより、守銭奴を演じてと方向性があるほうがキャラクターの色も出てくるのだろう。


 プレイヤーのことを考えているのだなとゲームデザインに関心を覚えつつ、なんか細かいところはプレイヤーに任せますという緩い感じにどこか穴がないかと、少し不安になっている間に、先輩をはじめとしたプレイヤー一同はほとんどキャラクターシートを書き上げていた。


「――えー、それじゃ全員最後の名前まで決まったみたいなので、自己紹介しましょうか」

「それじゃ俺から」


 そう言って先陣を切ったのは宇和島先輩。

 彼は席を立ち、咳払いを一つした後、自分のキャラクターの紹介を始めた。


「私の名はシェイクステア。一族の掟で世界を旅している旅人だ。遊牧の民の出で、棒術をある程度修めている。……とざっとこんな感じで」


名前 シェイクステア / プレイヤー宇和島ユウヤ

スタイル 前衛

技能 棒術の心得/旅の心得

目的 探索


 まじ、声良い。いつかゲームを作った時には声を入れてもらえないかお願いしよう。うん、今決めた。

 俺はパチパチと軽く拍手をし、ちょいちょい紹介された内容をメモしていく。


「あれ、宇和島先輩。特殊技能の祝福の子は取らなかったんですか?」

「あれはあとでも取れるからシナリオ見つつかな」

「なるほど」


 気を使ってもらったのだろうか。

 このゲームの初心者にはありがたい気配りだ。

 さて次はと、周りを見渡すと先輩を始めとした残り三人がどんよりとしていた。


「ウワサン、ハードル上げすぎ……そういうこと言う人、嫌いです」


 須山さんから抗議の声が上がる。

 そのセリフにピクリと反応しかけたが、今度は堪えた。


「そうよ。サク君、間違えないでね。皆が皆、あんな風に演じられるわけじゃないからね」

「わかってます」


 加美川先輩の噛み癖は知っているので、流石に演劇レベルの演技を求めるのは酷だろう。

 せっかくのゲームなんだ、楽しかったで終わらせたいし。

 宇和島先輩もやりすぎたと皆に軽く謝り、その場の湿っぽい空気はすぐに霧散した。


「すまん。演技が出来ると思うとつい」

「いや、凄い演技でした。決めるところではぜひお願いします」

「よし、わかった」


 宇和島先輩は頷き、俺の提案を了承してくれた。

 さて、次は……。


「そしたら時計回りで黒木さん、お願い」

「……はい」


 そういうと黒木さんはすっと立ち上がり、「あー」と女性としては低めの声を出した。

 そして一息吸い込み、口を開いた。


「俺の名前はギムレット。旅の学者さ。昔、城下町のスラムみたいなところで、ヤンチャしてたんだけど、師匠に拾われてある学問を勉強していたんだ。ところがある日、師匠から『お前は人間を学んでこい』と追い出されて今に至る。戦闘はからきしだが、相手との交渉ごとなら自信はあるぜ」


名前 ギムレット / プレイヤー 黒木スズネ

スタイル 中衛

技能 悪意の看破/縄抜け/交渉術

目的 学び


「おおい、ちょっと! あなたも! 黒木さん、あんたもなの!」


 須山さんが怒涛のツッコミを入れる。

 自分の番のハードルが上がって焦っているのは傍目からでもよくわかる。


「……この前教えてもらった天ドンってテクニック」

「確かに、これは見事な天ドンだ。さすがは黒木」

「……へへん」


 宇和島先輩の言葉に少し誇らしげな表情の黒木さん。

 対して心中穏やかでなさそうなのは須山さん。

 おそらく演劇部ではない彼女には、このパスはキラーパスだ。


「えっと、須山さん。普通のやつでお願いします。このままじゃ俺もキャラとか、描写とかハードル上がりそうなんで」


 とりあえずフォローになるかは分からないが、助け舟を出してみる。

 助け舟が効いたのか意を決したように一息吐き、須山さんは口を開いた。


「そう、じゃあ普通にいくわ。このキャラの名前はガフ、前衛の剣士よ。主な戦い方はショートソードの二刀流。投げることもできるわ。

目的に恋って出たから、好きな女の子がいて、このクエストを終えたら告白しようとしている」

「おわ、それ死亡フラグなんじゃ」


 俺の問いにチッチッチッと指を振る須山さん。

 ランダムで技を繰り出そうとしないでほしい。


「でも生き延びる、そしてガフはいっつも告白できないの」

「なんと」


 なにやら、面白い展開になってきた。


「それを繰り返し早10年、付いたあだ名は不死身のガフ。でもいかつい名前とは裏腹にちょっと小心者」


名前 ガフ / プレイヤー 須山ライカ

スタイル 前衛

能力 剣の心得/二刀の心得/投擲の心得

目的 恋


生きてもよし、死んでもよしの美味しい設定しかない。

なるほどあとでこのキャラの対(つい)の女の子を考えた方が良さそうだ。


 さてと……最後は。

 俺はちらりと加美川先輩を見た。

 先輩はにこりと笑みを浮かべて、キャラクターシートを読み上げた。


「私のキャラの名前はマティーニ。後ろから高火力の精霊術をたたき込むキャラよ。目的で奪取とでたから、何者かに奪われた国を取り戻すために偽の盗賊団を結成し、そのボスをしているわ」

「……」


名前 マティーニ/プレイヤー 加美川ミサト

スタイル 後衛

技能 精霊術の心得/祝福の子

目的 奪取


 俺は目は点になっていると思う。

 うーん? おかしいぞ。


 このシナリオ、何かの勢力に対抗するため組織された偽盗賊を誤って退治をする話のはずじゃあ?

 それに対して加美川先輩のキャラは偽盗賊のボス――――。


「って、うおおおお!? 先輩、何シナリオ乗っ取っているんですか!?」

「え、ふえ? えーーー!?」


 俺の絶叫と、先輩の悲鳴が会議室に響渡った。

 こうして人生初の俺のTRPGは怒涛の展開と共に始まったのだった。

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