第3話 そんな話は聞いていない

 女性とのデートでは、男性は基本15分前に待ち合わせ場所に立ち、相手がきたらイマキタトコロと呪文を唱えるのが習わしらしい。


 だが、そんなのは昼間を生きる種族、昼行性の文化。夜行性の俺には関係がない。


「すみません! 遅れました!」


 Y字型に広がるちょっと珍しい歩道橋の真ん中で俺は加美川先輩に日差しの熱を存分に吸ったタイルに焼き土下座する勢いで謝った。


 人通りを考慮していないのは徹夜でボヤける思考と、最高気温35℃に迫る強火の日差しが正常な判断を奪った結果だった。


 加美川先輩は髪型こそいつもの三つ編みだが、裾が透けている涼し気なシャツを着て腕を組み、薄い水色のスカートを揺らし仁王立ちしている。

 普段と違う服装に、俺は異様な圧力を感じた。


 何を隠そう俺は寝坊したのだ。

 うっかりスマホのアラームをかけ忘れた上に、電車の遅延、スマホの電池切れ、その結果がこれだ。これだよぅ…。


「……イマキタトコロよ」

「あ、ありがとうございます!!」


 そして俺は許され、顔を上げた。

 そこにはニコニコ顔の先輩。


「じゃあ、埋め合わせになにか奢ってもらおうかしら。いいわよね」


 嘘、許されていなかった。


「あーあんま金無いんで、マクドナのコーヒーでいいですか?」

「もちろん。この炎天下で一時間も私を待たせたサク君の謝罪の気持ちがその程度なら私は何も言わないわ」


 この人、激おこです。激おこですよ、おっとさん。いや俺が悪いんですが。

 俺は先輩のプレッシャーに負け、コーヒー1杯500円の喫茶店に入ることになった。


 Good lack coffeeよく欠けたコーヒーと看板の綴りがきっと間違えている喫茶店。


 内装の調度は落ち着いていて、古いロックバンドだろうかレコードプレーヤーから古くさいロックンロールが流れてくる。

 こういう場所は見慣れていないのだろうか、お店に入った先輩は面白そうに辺りを見渡していた。


「おしゃれなところ知っているのね、サク君」

「あははは、光栄ですけど、俺も初めてです。めっちゃ緊張しています。」

「……言わぬが花って言葉知らないの?」

「知ってますけど。自分、先輩に対しては嘘偽りなく生きていたいので」


 盛大なため息と共に肩を落とす先輩。

 ややあって店員さんが現れ、日の当たる席か、日の当たらない席かと謎の質問され、きょどりながらもクーラーが効いてる際の席をお願いすると、四人掛けの椅子に案内された。


 二人して椅子を引き、荷物を空いた椅子に預け、お互い斜向かいになるように座る。

 夏の日差しから逃れたことに一息ついたタイミングで、先ほどの店員さんが注文を受けるために俺たちに声をかけてきた。


「ご注文はいかがいたしますか?」

「えっと水出しコーヒーを一つと、先輩は?」

「アマゾンの大地! アイスで」


 え、なにそれ。

 俺はあんまりな名前の衝撃に固まった。

 かしこまりました。と店員さんが店奥へ入っていく。


「ちょっとまってあるの!?」

「あったのよこれが」


 ぎちぎちと硬直した体に力を入れ、俺は先輩に顔を向ける。

 先輩は恐怖で汗を流し、してやったわと言わんばかりのいびつな笑みをうかべていた。

 ああ、これが自爆を決意した人間の顔なんだな。


 いや、まて、人のおごりで自爆しないでほしい。


「先輩、アマゾンの大地が何か知っているんですか?」

「知らないわよ。君の奢りでなければ頼まないわ」

「入口でのセリフそのまま返します。ノシ紙つきで」

「あら、デザートもいいってこと?」

「俺の財布が爆散しますよ!」


 くそう舌戦で勝てる気がしない。これが読書量の差か……。

 いや違う、ずうずうしさだ。俺みたいな凡人にない悪魔のずうずうしさ。それが先輩と俺の差だ。


 そんな悪魔のごときずうずうしさを見せた先輩は仕切りなおす様に咳払いをし、俺に言った。


「ところでサク君、シナリオはできたのかしら?」

「もちろんです」


 そう言ってシナリオを渡そうと俺はカバンを開いた。


「あ、今出さなくていいのよ?」

「え?」


 先輩はそれを制止した。



 そして――


「え?」


 ところ変わって二時間後、エアコンがよく効く公民館。

 そこには6時間500円と破格の値段で借りれるエアコン付の会議室がある。

 そこを借り、冷房を全開にし、長机をならべ、その上にお菓子や飲み物を広げ、俺は俗に言う下座、入り口に一番近い席に座り、状況を理解しようと頭を働かせた。


「えー? え?」


 イケメンと、ゴスロリと、小動物系っぽい女子と、先輩が俺をみている。

 って先輩! なんであんたの手元にキャラクターを作るための用紙があるですか!


「じゃあ、サク君。進行お願い」

「そんな話は聞いていない」


 俺は思わず敬語を投げ捨てた。

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