後悔、邂逅、対話、そして和解。

叶は、ささくれ立った心のまま放課後で少し暗い校舎の中を歩く。


『私も委員会の仕事があるからっ』と無理やりに颯を帰らせてから、あまりなかった図書委員会の仕事を無理に見出してうろうろとしている。


時折すれ違う先生や人に反応しつつも、そんな自分をどこか他人視してしまう。それほどには落ち込んでいた。


「………ほんとに帰っちゃわなくてもいいじゃん」


ぼそりと呟いた自分の言葉が人気ひとけのない廊下に少し響くような気がした。人が少ないと思って南館に来たのは正解だったのかもしれない。


こんなのめんどくさい女だということは自分も理解している。

それでも、心のどこかで颯が自分を説得してくれるという幻想を抱いていた。……叶が突き放したときの、感情の読めない颯の表情は思い出したくもない。


でも、頭から消えてくれない。

あんな顔をさせてしまったのだと、自責の念に駆られる。


ふと、ぺたぺたとした上履きの足音がして顔を上げる。


そこにいたのは。


「……山中さん」

「そんな他人行儀にならないでくださいよー。私颯先輩と仲良くしたいんです」


震えそうになる心で、精一杯に彼女を睨みつける。


そうだ。私は怖かった。

魅力的な後輩に、颯がなびいてしまうことが。







そして、三十分後。


「ほんっと、颯先輩無自覚で優しさ振りまくから困るんですよー」

「あ、すごく分かる。私も急に優しくされたりして心臓が持たないこと多いなー」

「ですよね!あー、意見が共有できる人がいてよかったー!」


普通にいい子だった。


山名美香。

最初はどんな女なのかと身構えていたのだけれど、いざ相対してみれば一般的な女子生徒だ。少しコミュニケーション能力が高くて元気なだけの。


最初は喧嘩腰で二人とも話していて、気が付いたら『私はこんな颯君を知っている』という自慢になっていって、いつしか鈍い颯に文句を言う会になっていた。


「叶先輩と出会えてよかった。こうして話せてなければ永遠と悶々としているだけでしたもん」

「でも朝は凄いバチバチしてたからなー」

「……和解は済んだってことでいいですかね?」

「いいんじゃないかな。颯君は譲らないけどね」

「私だって譲りませんよ」


美香は叶のことを積極的に認めようとしてくれた。朝は颯との距離が近かった叶に嫉妬しただけだと。自分もそうだったという旨を伝え、恋愛って難しいよねという話題で二人盛り上がって。


美香にわかりやすいように、颯のことは『颯君』と呼んでいる。

別に、美香にはなくて私だけの秘密の呼び方ぐらいあってもいいだろう。美香は、朗らかで話しやすくて魅力的な女の子なのだから。


「美香ちゃん。二人とも、頑張ろうね」

「そんなこと言っていいんですか叶先輩。取っちゃいますよ、颯先輩のこと」

「そ、それはだめなんだけど……。美香ちゃんは優しくていい子だから。がんばってる子の足を引っ張ったりはしたくないの。だから私もその分精一杯頑張ろうって思って」

「そうですね」


美香が頷く。


話してみてわかったが、美香は性格が非常にいい。朝の時点で朗らかで話しやすいのだろうなという印象はなんとなく持っていたのだが、直接話すことでそれがより明らかになった。


少し、引け目を感じてしまう。

自分が優しくあろうとしているのは、いつも優しい颯の影響だから。


「でも、………私の優しさはしょせん颯先輩をまねたものでしかないですから」

「え?」

「委員会入ってほかのメンバーと上手くいかなかったんですよね。妙に気にかけてくる颯先輩に八つ当たりすることもありましたし。でも、みんないつの間にか絆されていたというか……」

「……私も、颯君の隣に居ようとするなら優しくないとだよなって思ってそうあろうとしてる」

「やっぱりそうですよね……。いい意味でてられているというか」


美香も、自分と同じ。今までずっと胸の中で絡まって抜けなかったものがなくなった気がした。

私が颯の優しさをまねて優しくあろうとしても、それはそう思わせてくれる颯の素晴らしさなのだから。


「仲間だねー」

「仲間ですねー」


颯に影響を受けた人たちの会。今ここに発足されり。


……影響を受けたという点では、イノたちもそうであろうが。颯は無自覚にして、他人への気遣いを一番の最優先事項に持ってくる人だ。


「にしても後輩たちの不和を解決かー。颯君もすごいねー」

「そうですよね。その人たちとは今でも仲いいですよ。和解してより一層の友情が芽生えるー!みたいな」

「ほんと、鈍さだけなければ完璧超人なんだけどなー」

「まあ、そういうところ含めて好きになっちゃってるんですもんね」

「そうだよねー。そういうところがないと好きになってたか分からない………ってことはないけど。まぁ、鈍いところ含めて颯君だから、好きなんだよね」


二人できゃあきゃあ言いながら女子トークを重ねる。

イノと里奈と話すときも十分楽しいのだが、里奈はまだ無自覚だし、イノに至ってはのろけを聞かせてくるだけだ。こうして誰かと恋心を打ち明け合うというのは心が弾んだ。


恋敵。でも、そんなに悪い子じゃない。


………もし、自分じゃなくても我慢が出来る。


妙な安堵の仕方かもしれないけど、颯君の幸せが確約されているような気がして不安が薄れたような気がした。


それでも、隣は自分がいいのだけれど。


「……ねえ、叶先輩。颯先輩の写真とか、持ってたりします?」

「持ってるけどー。どうしよっかなー?」

「後生の頼みです!お恵みください!」

「一部だけだよ。私が独り占めしたい写真もあるから。あとは、私も何か欲しいなー」

「写真とか撮れたら送ります」


渋々と示して見せつつも、あまり抵抗感なく連絡先を交換して写真を送る。私が本当に取っておきたい写真は残しておいて、例えばキャンプでの寝顔とか。


「あ゛っ……かわいい………」

「でしょ!?やばいよね」


なんだろう。

気分で言えば、同担がいたときと同じなのかもしれない。好きなところを語れば、共感して一緒に語り合える。分かってくれる人がいるだけで嬉しかった。





そのまま語り合って、気が付いた時にはもう三十分が経っていた。早く帰らないと親たちが心配するかもしれない。


さらに語り合うためにと借りていた空き教室の椅子を立ち上がり、美香に声をかける。


「そろそろ帰ろっか」

「そうですね。私は方向が叶先輩と違うので、西門から帰りますね」


では!と元気よく手を振られて、階段を駆け下りていく彼女を見送った。


純粋な感想を言えば、楽しかった。


「どうやってゆーまに謝ろっかな」


わざとらしく口に出して言う。やはり、ゆーまという呼び方の方がしっくりきた。颯君と呼ぶのも楽しかったけれど。


美香が下りた階段とは違う階段を下りていく。昇降口で、靴を履き替えて、スマホでバスを確認しながら正門を出る。


すると。


「叶。……遅かったな」


聞きなれていた声がして、思わず勢いよく顔を上げた。目に入ったのは、少し不貞腐れた顔をした颯の姿だった。


お待たせ、と言いながら嬉しい気持ちを隠せずに駆け寄る。


「なんで拗ねてるの?」

「………俺はどう謝ろうか悩んでたのに、叶は何でそんなに楽しそうなんだ」


子供っぽく拗ねて顔をそむける颯は、微笑ましくて。「えへへ、そっか」と言うと、少し鋭い視線を向けられた。


「ごめん。お待たせして。………あと、朝不機嫌で」

「俺もすまなかった。悪気はなかった」


二人で謝りあって。

颯はやっぱりこっちを見てくれなかった。そういう様子がすべて愛しい。


美香はいい子だけど。

それでも、隣の場所は譲りたくない。

渡さない。


少し逃げようとする颯の腕に抱き着いた。

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