第$0話

自分があんなに沈み込んで叶の帰りを待っていたというのに、彼女は非常に楽しそうな様子で学校から出てきた。怒らせたかもしれないという心配はなくなったものの、納得がいかなかった。


思わず唇が尖る。


「ゆーま、拗ねないでよ……」

「拗ねてないです」


嘘だ。拗ねている。


でも、このぐらい許してくれないだろうか。叶を怒らせたかもしれないと本当に心配だったのだから。


普段よりも少し近い距離で、日も落ち切った道をバス停まで歩いていく。たまに触れる肩が柔らかくて否が応でも意識してしまう。気を紛らわせるために星空を見上げた。


「クラス、見事にばらばらだったねー」

「そうだな」


今日はクラス分けがあった。あったのだが、いつものメンバーが見事にばらけていた。唯一一緒だったのは、里奈とイノで、彼女らは非常に楽しそうに自慢してきた。


違うクラスになってしまうのは不安もあったが、……まあ、心配するようなことは起きないと信じよう。叶が、他の誰かに奪われるなんてことは。気にしてしまうと多分精神が持たないだろうから。


「ゆーまは私が違うクラスでも私のこと忘れないでよ……?」

「いつも一緒に居るんだから忘れるわけないだろ」


そもそも一緒に居なくても忘れられないのだろうが。

きっとそのぐらいには叶が好きだ。


そう思って返したのだが、叶は非常に嬉しそうに頬を緩めた。にしし、とでも効果音が付きそうな笑みで本当に嬉しそうに。最近は彼女の笑みを見ると落ち着かない。


「また家に遊びに行きたいなー」

「夏休みの間死ぬほど来ただろ」

「え、行っちゃだめなの?」

「そんな寂しそうな顔すんなし。別に来るなとは言ってない」


どうせ来るなと言っても来るだろうし、そもそも来るなと言うつもりもないし。勉強会などは定期的にすることになるだろう。


顔を上げると、暗闇の中で一か所だけ明るいバス停が見えてきた。この時間帯でもバスは一応ある。学生としては、こうした田舎にまでこまめにバスが来るのが感動的だった。


「今日は待たせちゃってごめんね」

「……なんであんなに遅かったんだ?」

「ちょっと、いろいろあったんだよ」

「委員会の仕事にしては長かっただろ」


叶が無駄に仕事を任されたりしていないか心配だったりする。彼女は優しくて押し付けられたら拒めない部分もあるだろうから。


と、思っていたのだが。叶は気まずそうに視線を逸らしながら言った。


「…………美香ちゃんと仲良くなった」

「朝めっちゃ険悪じゃなかった?」

「共通の話題があったんだよ」

「へぇ……」

「あ、信用してないやつー」


朝のあの様子で、その日のうちに仲良くなったと言われても到底信じられるものでは無い。美香と叶の共通の話題なんて本当に思いつかなかった。

美香はどちらかというとヲタク趣味だし、叶はそういうものにあまり興味がないから。


まあ、仲良くなるのは悪いことではないだろう。颯としても、叶の友人が増えていくのは寂しくも嬉しくもあった。


「まあ、山中は悪い奴じゃないからな。仲良くしてていいんじゃないか?」


少し軽薄そうな見た目ではあるが、悪い奴ではない。仕事をするにしても指示した分はきちんとこなしてくれるし、最初は不愛想で与える印象は少し悪い部分もあったが、最近では人当たりも良くなっている。

朝の様子を見て、また前の癖が戻ってきたのかと少し心配になったが、叶と仲良くなれたあたりそうでもないらしい。


そんなことを考えていると、叶に腕を引っ張られる。いや、引っ張られるというよりは離さないように抱きしめられるという方が正しいのかもしれない。


「美香ちゃんことやけに褒めるじゃん………」

「そこまで褒めてないだろ。まあ、いい奴ではあるが」

「………むぅ」


先ほどとは打って変わって叶が拗ねた状態になり、握り締めた颯の腕を離してくれそうにもない。『過度なスキンシップはしない』と決めたはずなのに早速叶にくっつかれていた。


少し柔らかい感触がじかで伝わってきて、いろいろと危ないのは相変わらずだ。それでも最近では幾分か慣れてきて、直接表情に出ないようになってきた。


「私、あんまりゆーまから直接褒められたことない」

「………そんなこと、ない」


確かに、本人の目の前でほめるということはなかなかないだろう。


友人たちに紹介でもするときはめちゃくちゃに褒めまくるが、目の前で直接褒めるのはやはり気恥ずかしいものだ。


「……もっと私のことも褒めてよ」


好きな女子を褒めろとはどんな苦行か。あまり適当に言いすぎると止まらなくなる自信があるし、恥ずかしいことには変わりがない。


「はい、一つ目どーぞ」

「………明るい」

「二から十までどうぞ」


二から十まで。

一気にカウントが飛んだような気がしなくもないが、ここまで来たらやけくそである。叶のお陰で最近羞恥耐性が上がってきたから、この程度であれば、ぎりぎり顔が熱くなるようなことはない。


「優しい、笑顔がかわいい、スタイルがいい、運動ができる、真面目、呑み込みが早い、思いやりがある、人のことを第一に考えらえる、良く笑う、一緒に居ると癒される………」

「待って待って待って待って……!」


二から十までを数えるのが面倒だったため、それ以上に言っていこうと思ったのだが。笑顔だとか思いやりだとか内容が少し被っているのが納得いかのかったのだろうか。


叶を見やると耳を真っ赤にしながら目を回していた。叶が照れてしまうと、共感性羞恥というやつでこちらまで恥ずかしくなってくる。


「叶さんや、なぜ照れとるんじゃ」

「だって、そんな急にいろいろ言われたら頭が追い付かないじゃん……!」

「知らんがな。叶が言ったんだろ」

「……でも」


火照ほてった顔を覚ますために深呼吸を始めた叶をしり目に、ちょうど着いたバス停の時刻表を確認した。次のバスは十五分と待たずに来るようだ。


「次のバス十五分後な」

「りょーかい」


叶は先ほどのまでの少し赤かった頬もおちついてきたようで、今では少し赤みがかっているかな程度だ。


二人でバス待ちのベンチに座る。少し距離を取って座ったつもりだったが、気が付いたらすぐそばに叶が。叶の自分よりも少し高い体温が伝わってきそうだった。


「じゃ、一つずつ整理したいと思います」

「なにを」

「……ゆーまがほめてくれたところ」

「まじで言ってるの?」


率直に言えば、恥ずかしい。


先ほどは勢いで行ってしまえたが故に大丈夫だったが、改めて、しかも彼女の目の前で掘り下げられるとなると、かなり厳しいものがある。主に心臓において。


「じゃ、一個目。明るいって言ってくれたよね」

「そうだな。明るいだろ。俺には無いものだし、一緒に居て楽しい」

「それは良かったな。私の取柄そこしかないから」

「俺がさっきたくさん上げただろ。あれ全部叶の取柄じゃねえのか」

「………ありがと」


恥ずかしそうに目を伏せて言われると違う方面で心臓に来るものがある。思わず自分も照れてしまい、ごまかすように頭を掻きながら次の言葉を待った。


「で、次は優しいって」

「そうだな。優しいだろ」

「……ゆーまが言う?ゆーまの方が優しいと思う」


自分が優しい、か。


「俺は優しくあろうとしてるだけだからな」

「そうなの?」

「最近では板に付いてきたのかほとんど意識してない。ま、最初は優しくあろうとしてた」


優しくあろうとしていたのは、もちろん叶が原因だ。彼女が小学校のころに『優しい人が好み』と言っていたのを今も引きずっているだけの拗らせ野郎だ。きっと彼女は明確なものがなくて適当に言っただけだろうが。


仕方ないだろう。初恋でどうすればいいのか分からないのをずっと続けているんだから。許してほしい。


「……私も、優しくあろうとしてるよ」

「そうなんだな。まぁ、それができるだけ優しくない人間よりはましってことだろ」

「………そう思えば、楽になれるかな」

「心から優しい人間なんて数えらえるほどだろうからな」


自分も、ほぼ習慣付いているから反射的に優しいと思われる行動をとるが、心の底ではひどい人間だったりする。

叶と触れ合っている男子がいると思わず睨みそうになったり、な。


「まあいいや、その話は。次は………笑顔がかわいい」

「んぅ、まぁ」


思わず口に出してしまったことを掘り返され、思わず変な声が出た。


「……私、笑顔かわいい?」

「ああ、かわいいよ。めちゃくちゃ」


最終手段、投げやり。


恥ずかしそうながらも嬉しそうに瞳を輝かせる叶をどう見ればいいのか分からず、その眩しさに思わず視線を逸らしながら、熱くなった顔をどうにかして冷まそうとする。


二人で座ったベンチで、叶が寄り掛かってきてなおさら体が火照ほてった。




============

凄い今更なんですけど、なんで夏休み後にクラス替えさせようとしたか自分が理解できません。書き直すことのできない段階にまで来てしまったので、多少の修正を『第#(話』に入れました。


………なんで夏休みの後のクラス替えにしようとしたんですかね?

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