第#)話
「セーン、パイッ!」
わざと距離を詰めるように抱き着いてくる後輩の名前は、山中
性格が悪いわけでもないので、颯としても無理に拒む気にはなれなかった。
「山中。もう少し距離ってものを考えてくれ」
が、今は叶と一緒に居るので、申し訳ないが引きはがした。
「もう、美香でいいって言いましたよね」
「ただの先輩と後輩だろ?」
「今どき後輩のことを名字で呼ぶ人なんていないですよー」
「勘弁してくれよ。時代遅れでいいから」
あちゃー、と言いつつ美香が距離を取る。その瞬間に、叶がぎゅっと抱き着いてきた。
「どした」
「………誰?」
「委員会の後輩」
「………そんな仲いいの?」
「悪くは、……ないが」
「むぅ」
むくれ顔の叶が、美香の方を見た。美香は人の好さそうに叶ににっこりと笑いかけた。叶が小さく会釈する。
何故に、自分を挟んでやり取りが始まっているのだろうか。
現状を理解することが出来ない鈍い男颯は、頭を掻きながら天を仰ぐ。なんとなく空気が悪いことを察しながら、どうしてそうなっているのかを必死に考える。
「二人とも、……」
「ちょっと静かにしててください。先輩」
「颯は静観してて」
途方に暮れるしかなかった。
「で、なんでそんなに叶が不機嫌なんだ」
颯を責めるような視線で見るイノ。大樹と付き合い始めてからというもの、さらに表情豊かになったような気がする。
そんな変化に富むようになった表情で、精一杯颯を睨みつけている。
「……なんか。朝から不機嫌なんだよな。学校来たときから」
「原因は分からないのか?」
「わからねえ。……強いて言えば、後輩と話した」
「女?」
「……まぁ。女子生徒だな」
これだから、と言わんばかりにため息を吐かれる。
「お前は何もわかってない」
「……うぐ」
「今回はかなり沈んでるみたいだからあんまり言わないが、もう少し叶のことを考えろ」
言い切った彼女が、叶に話しかけに行った。
颯は、落ち込んでいた。朝から叶に何を話しかけても不機嫌に、ぶっきらぼうに返事をしてくるだけだし、心なしか距離も取られているように感じる。
自分でも理解できないほどに、落ち込んでいた。たかが叶に少し拒まれた程度だというのに。『彼氏ができた』発言の時の方が辛かっただろうに。
この夏休みで、叶がすぐ近くにいるのが普通になった気がする。だからこそ、少し距離を取られるだけで寂しくて死にそうになる。
「いやあ、顔色やばいぞ颯」
「………叶もかなり落ち込んでたけどね」
そんな颯に追い打ちをかけるように近寄ってきたのは、男子二人組。そのうちの片方が最近上手くいってるばかりになおさら腹立たしい。
「ほっといてくれ」
「死にそうな友人がいて蹴落とさない馬鹿がいるかよ」
「………殺すぞ」
「いやぁ、余裕ないねー」
心なしか、海斗の目も冷めているように見える。彼を怒らせるよう何かをしてしまったのかもしれない。
「俺よりもうまく行ってんのに寄りにもよってハーレムムード築きやがって」
「……は?」
「叶が悲しんでるぞー」
今は何もかもが心臓に追い打ちをかけている気がした。叶の様子を遠目に見るだけでも胸の奥が痛い。
思わず、大樹のように机に突っ伏した。大樹は幸せそうに目を瞑って眠っている。
「……ま、反省したまえ」
「……了解」
反省。
女子と軽々しくベタベタしない。スキンシップされるようなことがあっても、なるべく避ける。
その旨を頭に叩き込んだ。イノから『絶対に守れ』と言われたことだ。
確かに、付き合ってもいない女子に軽々しく触れるような男はあり得ないだろう。自分でも普段の行動を振り返ってさらに気分が沈んだ。
「やばい。死にそう」
「………そこまで気に滅入らなくてもいいよ。ちゃんともう落ち込んでるからね」
ぱち、と目を開いて大樹が言った。励ましてくれているのは、分かる。それでもふとしたときに自分が嫌いになる。
改めて、彼女との距離感を反省した。
イノも里奈も海斗も大樹も気が付いていない。
颯が『反省』と称して女子を避けるように決意したことが、叶にも適用されるということを。
颯は人の感情を考えるのが苦手だ。苦手で在ろうとしているのかもしれない。
そうなってしまったのは、昔に彼の元友人からの言われた言葉が原因で──………、いや、長くなるので
ともあれ、颯の決意は四人の思惑とは程遠い方向に固められてしまった。
距離を詰めようとしても、少し壁が。
二人とも想い合っているはずなのに、一番近くにいるはずなのに、その距離は少し遠くて。
颯にとっては、叶を傷つけたくないという思いが。
叶にとっては、山中美香という存在が。
二人の恋路を邪魔する。
近寄っては、離れて。
二人にとっての恋とは、一番近くにあってどう頑張ってもままならないものだった。
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