学校
第#(話
長かった夏休みも終わってしまった。本当に楽しかった。
残念、と思う気持ちがないわけではないが、達成感の方が強い。
家が近所だから、そして二人とも仲が良かったからという理由で一緒に通っている通学路の中、終わってしまった夏休みに思いを馳せた。
「めちゃくちゃ楽しかったな」
「……颯にしては楽しそうだった気がするねー」
「そうか?まあ、普段の夏よりは楽しかった気がする」
「それは友達が増えたから?」
「それもあるけど、……叶と過ごした時間も楽しかった」
「えへへ、ありがと」
セミの鳴き声が響き渡る駅を出て、じりじりと太陽の光がさす学校までの道。
さすがに手を繋ぐわけにもいかない二人は、妙に距離が近いまま歩みを進めていた。時折叶の方が颯に触れる。その位置が少し低くて、叶が小柄だということをいまさらながら実感した。
別に、だからと言ってどうってことはないのだが。
「今日のクラス替えちょっと心配だなー」
「そうか?」
「うん。今までクラス同じだったからみんな仲良くできたけど、変わっちゃったらどうしようって思って」
小さくうつむく彼女の表情は、言葉通りに不安そうだった。泣きそうな、までとはいかないものの、叶なりに悩んでいたらしい。
うちの学校はすこし特殊で、クラス替えが夏休みの後にある。私立高校なのでお咎めなどはないのだが、違和感がすごい。一年生からの日数などいろいろ面倒なことがあるのだが、戦前からの風習ということで屑わけにもいかないそうだ。
「別に、クラスが変わったから友人じゃなくなるわけじゃないだろ」
「そうだよね。わかってるんだけど……」
「休み時間とか好きなように遊びに来ればいい。幸い、俺らの学校は昼食時間長めにとってくれてるし」
「……うん。ありがと。そうする」
颯としても、いつものグループの人たちと、そして何より叶とクラスが離れてしまうのは不安ではあった。叶を安心させるためにあんなことを言ったが、自分だけで友人を作れるとも思わない。
少しの進学校とは言え私立高校で生徒から人気があり。クラス数も多くて、クラス分けで同じになる可能性などないに等しいのだった。
……叶は、他の男子と仲良くなることはないだろうか。
自分がこんなことを心配できるほどの関係でないというのに、それでも焦燥感はある。
叶に手を伸ばしかけて、止めた。彼女がどこか遠くに行ってしまう恐怖なんて、とっくに覚悟している。あとは全力で引き留めるだけだから。
「叶」
「なに?」
「違うクラスに行ったとしても、仲良くしてくれよ」
「……それはまた、誰と?」
「いつものメンバーももちろんだけど、……俺と」
「にししー。わかってるよ」
夏によく似合うにこやかな笑みを浮かべて、彼女はからからと笑う。その笑顔が、わざとらしく揶揄うようなものに変化した。
「そんなに私と仲良くなりたいの?」
ほれほれー、と指先でつついてくる。
今までだったら、適当にごまかしていたが。
イノと大樹のあんなに幸せそうな姿を見せられて、さらに自分でも覚悟を決めたというのに。今更なにもしないわけにもいかなかった。
「……大切なひとだからな」
それでも地を這うような気恥ずかしさは抜けきらなくて、思わず視線を逸らしながら言う。彼女から帰ってくるのは沈黙ばかりで、明確な言葉とはならない。
彼女の方を見ると、少し頬を赤く染めていた。
小さく何かを呟きながら、颯のことをまっすぐ見れないという風に。
「どうした、叶。照れてるのか?」
「……な、なんでもないっ」
背中側から叶に押されて、後ろを振り向くこともできないままやっと遠くへ見えてきた学校を眺める。
自分でも、『大切なひと』というのは危ない表現だと分かっていはいた。だが、ここまで叶にダメージを与えるとは思わなかったのだ。
『大切なひと』と言えば家族だろうか。もしも叶と颯が家族になるとしたら、………結婚。いやいやいやいや。『大切なひと』の中には恋人も含まれてるだろうから。
……ん?
それはそれでまずいのではないか?
結局は颯自身にもダメージが戻ってきてしまって二人で若干気まずくなりながらも、ただの幼馴染にしては近すぎる距離で歩いていく。
離れろと言われない限り、これがデフォルトの二人だった。明らかに、傍から見たら恋人だ。好意をあまり伝え過ぎないから長続きするタイプ、と言われるような。
それでも、そこに近づいていく影があった。
「セーン、パイッ!」
叶がいる方向と反対側の腕に抱き着いたのは。髪の毛がロングで、身長も高くて、すらっとして。叶に持っていないものを持ち合わせる、本当にかわいい人だった。
颯は嫌がる様子もない。
叶は、
未だ夏にふさわしい太陽の光が、ギラギラと青春を照らしていく。
それによって移される影は。
今までは、たった二人だけだったのに。
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第3フェーズ、夏殺し。
叶の恋、その行方とは。
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