第#%話
さすがに親の前にペアルックで出るわけにもいかず、しかし違う服に着替えようと言ったときの叶の寂しそうな瞳を見てなお着替える気にもならず。
結局は颯が薄手の上着を着ることで妥協することとなった。叶は若干不満気味だが、このぐらいは許してほしい。
「むぅ……」
若干ではなく、かなり不満だったようだ。
頬を膨らませたまま、手を繋ぐというよりは腕に抱き着いてくる。
「……スキンシップが激しからずや」
「激しくないですー」
拗ねた叶は、……少しかわいくて。胸の内に沸き上がってくる変な感情を押し殺すように、視線をそむけた。
そんな颯を拒絶と見たのか、なおさらに叶が腕を抱きしめる。叶はあまりないほうではあるのだが、ここまで抱き着かれるといろいろと危ない。
ちなみに颯はがむしゃらに大きいものが好きだというわけではない。……自分は今何を。
「……ゆーま、なんかやらしいこと考えたでしょ」
叶は目を半開きにして、颯を糾弾するように言った。
なんでこんなときだけ鋭いんだか。
この状況で変な気分にならない方が、男が廃れていると思うのだが。自分の中の感情をごまかすように叶から目を逸らす。
「あ、ごまかしたー」
「………はいはい」
結局叶は颯の腕を抱きしめたままで。
颯としては、嬉しい思いと耐えなければならない辛い思いがせめぎあっていた。
またバスに揺られ、叶の家の扉を開ける。
「ただいまー」
「お邪魔します」
夏休みとは言えど、叶の両親は仕事をしているようだ。確か、博人さんと希子さんは同じ職場で働いていたような気がするから、帰ってくるとしたら同じタイミングだろう。
「誰もいないねー」
「そりゃあな」
まだ早いし、と窓の外を眺める。沈み始めてすらいない太陽が、まだ明るく輝いていた。颯としてはペアルックの服を見られる可能性が無くなったので、万々歳だったが。
んじゃこっちー、と間の抜けた声で連れていかれたのは叶の部屋だ。ガチャリと扉を開けると、少し前に来た時とは違う景色が広がっている。
「前と内装変わってるな」
「あ、やっぱ気付くよね。前より片付いたと思うんだけど」
「ん、まあ。結構変わってる感じはする」
「よかったー」
叶の部屋は、『女子の部屋』だ。
微妙にいいにおいがするし、片付いていなかったときも汚いというよりは物が多いという感じだったし、今では部屋の中がすっきりしていて色合いが統一されているし。
「適当なところ座ってー」
「んあ」
「返事まで適当にせんでよろし」
「適当ってちょうどいいって意味らしい」
「いい加減って意味もあるけどねー」
叶のベッドに何も考えずに座れるかと言ったらそうではないので、床に直接座り込む。もともと叶の部屋に招かれている時点で悲鳴を上げ始めている自分の精神を無視しながら、今日一日の疲れを全身で感じた。
飲み物持ってくるねー、と叶が部屋から出た。
深く息を
今日一日の疲れ、主に叶が原因によるものは、かなり体を苦しめているらしい。精神的にもかなり疲労感がたまっている。
この精神的な疲労を誘因している何よりのものは、自分の決意はいつ固まるのかという自己責任のものだった。ここまで好きだというのに、そして多分、叶も自分に告白されたら少しは考えてくれるだろうと分かっているのに。
「自信がないから、言えないんだけどな……」
はあ、ともう一度ため息を
叶が自分のことを好きになってほしい。
断られたくない。
……このままの関係で居たい。
でも、もっと仲を進展させたい。
でも、もっと近くに居たい。
でも、もっといろいろな叶を見たい。
もっと、もっと、もっと……。
同じような思考が繰り返され、面倒になって床に体を投げ出した。カーペットの敷かれていないフローリングが若干冷たく颯に触れる。
ガチャリ、と扉が開いた。その先にいたのはもちろん叶で。
「戻ってきたよー、……って、どうしたー?」
彼女は、こてんと首をかしげる。そういったしぐさの一つ一つが、今は颯の心を穿つ痛みだった。
「落ち込んでるだけ」
こんなことを言うのも、叶に慰めてもらうことを期待しているからだろうか。自分の押し付けがましさ、というか嫌われるべき部分が明らかになって嫌になる。
更なる負の感情が心を内側から叩いて、連鎖的に気分が沈んでいった。
そんな颯の様子を見て、叶は一瞬表情を曇らせた後しゃがみこんだ。寝転がっている颯の頭を、その細い指で優しく撫でる。
「……落ち込んでるときのゆーまは、本当に抜け出せなくなっちゃうから。とりあえず何も考えないのがいいと思うな」
幼い子供に言い聞かせるような優しい声で颯に語り掛けながら、叶は笑った。
しゃがみこんだままの姿勢で、ゆっくり頭を撫でながら。
「ちっちゃい頃もさ、よく一人でため込んでたじゃん」
「………そうか?」
「うん」
撫でている手は、だんだんとゆっくりになっていく。撫でるというよりは髪の毛をいじっているような形で、叶は楽しそうに笑い声をあげた。ただその声も、普段の元気な笑い声というよりは、落ち着いて優しい声音で。
なんとなく、心の中で蹲っていた何かが解けていくような気がした。
「そういうときは、そういうときだけは、私がゆーまの役に立てるから。ちゃんと頼ってほしいの」
「………ありがとう」
結局は、悩みも叶に起因するのだが。
「……頑張ってみるかな」
「ん。がんばれ」
「おう」
まだきちんとした決意は付きそうにもないけど。
前進することだけは、心に決めた。
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