第#$話
叶の服の買い物が終わり、今向かっているのは男物の服が置いてある店だ。
颯が服を買うとなると大体そこで買っている、いつも通りの店。
買う内容にしてもいつも無地のTシャツから何からで、お洒落には気を遣っているのだが、どうしても目立たない格好になりがちだった。だが、今日は叶もいるので普段とは違う内容になるだろう。
叶の顔をちらりと覗きこむと、わくわくとした好奇心に表情が輝いている。
「楽しそうだな」
「ゆーまの服選ぶ機会なんてないからねー。楽しみだな」
「俺だけだと選ぶのが単調になるからな。期待してる」
「まかせろー」
意気揚々と店の中に入っていく。何人かの店員が笑顔で出迎えの声を上げた。
颯にとっては、こういう店の雰囲気が苦手だったりする。店員たちが颯に優しく笑いかけてくれているのはわかるのだが。
「叶は、俺にどんな服が似合うと思って探してる?」
「……なんだろ、落ち着いたやつかな」
「あー、やっぱり。自分としても落ち着いたやつ選びがちで無地になるんだよな」
「じゃあ今日は違うの選ぼっか。文字書いてあるやつで」
「頼んだ。自分でも探してみるけど」
「ん」
時折服を手に取りながら、店を奥へ奥へと進んでいく。
結局颯が手に取ったのは、ブルーのサマーニットだった。無地だな、と自分でも思いつつ叶に見せる。
「無地じゃん」
「ごめん。ほかに見つからんかった」
「……私も選びあぐねてるんだよねー。あんまりいいの見つからなくてさ。それ結構似合いそうだし、ニットはあんまり持ってないから買ってもいいんじゃない?」
「そうだな。……とりあえず籠には入れとくわ」
やはり無地以外のものを見つけるは難しいところがあって、店の中で目に付くのはシンプルなものだけだ。
「無地じゃないのって難しいけど……、結構いいのもあったりするね」
これとかいいんじゃない、と言って叶が差し出したのはさっき叶が買ったアウターと同じような色合いの。
「ペアルックだな」
「あ、ばれた?」
「……狙ってたのかよ」
「なんか楽しいじゃん。お揃いって」
そういうのは恋人同士ですることですが、という言葉はもちろん飲み込み。同じような服を着る気恥ずかしさと、叶とペアルックという嬉しさを天秤にかけて、結局は籠の中に服を仕舞った。
なんだかんだ言って、自分も叶に毒されているような気がしなくもない。彼女との距離はいつの間にか詰まっていることが多いから。
「じゃ、遠慮なく服を選びますよ」
「おう。頼んだ」
颯がどれを選べばいいのか分からなくなっていたころに、それを悟ったかのように叶が言った。
彼女は、次々と服を手にとっては店を進んでいく。時折颯に服を重ね合わせて確認しながらも、落ち着いた柄のものを基調に、様々なものを選んでいる。
「あ、さすがに迷彩は」
「やっぱり?そんな気はしてた」
これは単純に個人の意見なのだが、迷彩服はどうしても好きになれない。
迷彩柄は自衛隊の柄なような気がしてしまい、自分が着ているとどうしても違和感を感じてしまうのだ。
こうして叶は、籠いっぱいのとまではいかないもののそこそこの量の服を選んだ。さすがにこれを全部買うわけにはいかないので、選別をしなくてはいけない。
「んで、どうしますか?」
「まあ、試着で」
「だよねー。楽しみにしてるから」
「ん」
にこにこと非常に嬉しそうな笑みの叶に引っ張られるように試着室に向かう。店員に許可を取ってから、試着室の中に入った。
一着目はもちろん空色の半袖。自分はそこそこに鍛えているので、タイトなものはごつくなってしまって似合わない。少しオーバーサイズを選んだがのだが、ちょうどよかったようだ。
「だぼだぼでちょうどよかったね」
「そうだな。じゃないと俺は少しごつくなる」
「そんなことないと思うけどなー、細いし」
「どうだか」
「全身見たいなー」と叶に指示されてくるりと一周回ってみる。この服は前よりも背中側に柄が付いていて、着ている颯としては落ち着くデザインだ。
「よさげだね。これは買ってほしいな」
「ペアルックだから?」
「言わないでよ。……そうだけど」
僅かに頬を染めた叶に心臓が無駄に跳ねるのを感じながら、次の服を着るために試着室のカーテンを閉じた。自分を落ち着かせるために大きく深呼吸をしてから、次の服を着た。
今考えれば、目の前に叶がいるのに着替えているという場面に思うことがないわけではない。自分の無駄な煩悩を振り払って、叶に姿を見せた。
「お、それも似合ってる」
「いつもそれじゃね。……俺も人のこと言えないけど」
「だー、仕方ない。似合ってるし」
今颯が着ているのは、黒に赤で柄が付いた長袖だ。長袖と言っても薄手なので、夏から秋にかけて長いこと着れそうだ。デザイン的にも主張が激しいわけではないので、様々な服合わせられそうだ。
「やっぱ颯は赤が似合う気がする」
「ずっと赤ばっか着てたってのもあるだろうけどな」
「確かに赤しか着てなかった気がする」
「……何気恥ずかしいな」
「赤ばっか着てたゆーまかわいかったなー」
揶揄いだした叶に対して勢いよくカーテンを閉めることで対応しつつ、次の服を手に取った。
今度はズボンだ。普段から買うジーンズなのだがデザインが少し凝っていて、今までとは印象が変わるのではないかと叶が選んだ次第。
最初に来た空色の半袖と合わせて着て、カーテンを開ける。
「お、それ着てきたか」
「ん。合うかと思って」
「めちゃくちゃ似合ってる。私も空色着て隣歩きたいぐらい」
「はいはい。とりあえずは俺の服を選んでくれや」
「わかってますよー。……やっぱこの柄だと普段と違うね」
叶が、ジーンズを指さしながら言う。
青ではなく黒を基調にしたジーンズで、糸には赤が使われている。ポケットから何から手が込んだ調子になっていた。
「んじゃ、他のも着ますか」
「りょー。審査委員会私がやります」
「おけ」
と、勇んでいったのは良かったものの。籠の中にあるかなり量の多い服を見て辟易としながら颯は着替えた。
結局あの後、かなりの量の服を着ることになった。
最後の一着を着終わったと思ったら叶の手にまた服が乗せられていたから。
「やー、楽しかった」
「俺は疲れたんだが」
相変わらず手を繋ぎながら。
颯と叶はさっき買った、……ペアルックの服に着替えていて。
どうして付き合っていないのだろうかという思いを、今更ながら自分も抱え。
告白できない勇気のなさの責任をいつまでもあの男に擦り付けているわけにはいかないのだと、微かに思う。振られるとかそういう問題でなく、この距離で居て思いを伝えないというのも、心苦しい。
「ゆーまの手、やっぱ大きいね」
「そうだな」
手を握りなおして嬉しそうに、にししと笑う叶。
あと何か月で、自分の決意は固まるんだろうか。
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