第#!話
肩をゆすられる感覚で重たい瞼を開いた。我が家に付いたらしく、窓の外の景色も動く気配がない。
視界には真美、そして自分に縋るように寄り掛かっている叶。彼女も目を覚まし、小さく身じろぎした後に体を伸ばした。
「おはよう、子供ら。希子も我が家でお茶してるから叶ちゃんもおいで」
「……わかりました」
未だ寝ぼけているのか、手招く真美に従順についていく叶。まるで罠に誘う魔女と白雪姫だなと思い、真美に軽く睨まれたので思考を晴らす。
「で、今日はどういう予定なの?」
「特に予定はないんだが、まあ勉強かな」
「たまには休んでもいいんじゃない?勉強がだめって言いたいわけでもないけど、叶ちゃんとハヤちゃんが頑張ってるのは知ってるし」
「そうかもな。今日は叶も疲れてるっぽいし、休むか」
「そうしなさい」
プールではしゃぎ過ぎたのかどうかわからないが、ラーメン屋に行った後に急激に眠くなったらしい。さすがに久しぶりの運動ともなれば疲れはあるともうので、そういうときに無理はさせたくない。
真美は寝ぼけている叶に抱き着いている。我が母親ながら、もう少しまともになってほしいと他人事のように思った。
「……ね、ゆーま」
「どうした?」
「今日、楽しかった……」
「それは良かった」
「ん……」
先ほどまでは真美にくっついていたのだが、次は颯の番らしい。叶が離れて言って落ち込んでいる母親を放っておきつつ、彼女を家の中に上げた。靴を脱ぐにしても何にしても途中で体が斜めになってくるので大変だった。
「一緒に飲みたかったっぽいけど、無理そうじゃね?」
「かもしれないわね。……まあ、ハヤちゃんと一緒に居て構わないわよ」
「へいへい。じゃあ、上にいるから」
「了解ー」
リビングのソファで眠りに落ちそうな叶を、立ち上がらせる。半ば抱きかかえるような形で、彼女を二階まで運んだ。
部屋に入った瞬間、叶はベッドに直行する。夏だが一応用意してある薄手の布団にくるまり、幸せそうに眼を閉じた。
「ゆーまの匂い……」とつぶやいていたのは間違いではないと思う。本人がすぐそばにいるのだから、そちらでもいいのに。
本を手に取り、幸せそうに眠る彼女の隣に座り込んだ。
以外にも叶は、一時間もせずに目を覚ました。
疲れているのではないかと聞いても、もう大丈夫だと言われる。それにしては本を読んでいる颯の足の上に寝転がってくるのだが。まあ気にしてもしょうがないことだ。
「今日楽しかったなー」
「そいつぁよかった」
「えへへ」
「読めねえっす」
「読めないようにしてるのー。かまってよー」
「へいへい。で、何かしたいことがあるのか?」
「ない」
即答した叶に呆れた視線を向けつつも、今日ぐらいは何もせずにだらだらするかと思うのだった。
さすがに彼女が暇そうにしているのに、自分だけ本を読み続けるわけにはいかないだろうと本を棚にしまう。そのために立ち上がったときも、叶は颯にぶら下がったままだった。
「私のこと持ち上げられるんだねー」
「そりゃあな。一応鍛えてるし」
「ほえー」
首に捕まったまま離そうとしなかったので仕方なくそのまま立ち上がったのだが、叶にとっては少し衝撃だったらしい。彼女は体重が軽いので、他の人に同じようなことをされたら先ほどのように持ち上げることはできないかもしれないが。
「……ねえ、今日の水着どうだった?結構チャレンジだったんだけど……」
膝に乗ったままの叶が躊躇いがちに聞いてくる。今日の水着は確かに普段の彼女とは違っていた。
颯としても衝撃だったが、叶にとってもチャレンジだったらしい。
「普段より大人びてたな」
「えへへ、よかった。イノちゃんとりなりなと一緒に選んだの」
「……プールに行こうって決めたのは前日だったが」
「夏休み前に買ったんだよー」
「それはまた、なぜ?」
「……夏と言えば、プールかなって。きっと行くからせっかくだし選ぼうよってなって」
イノと里奈と遊びに行ったという話は幾度か聞いていたが、何をしに行ったのか聞くことはあまりなかったかもしれない。颯としては水着を買うために友人と出かけるなんてことはしないので少し新鮮だった。
「だからあんなにプール行くって言ったときに嬉しそうだったのか」
「それもある。……ゆーまに、見てもらいたかったし」
「好きな男に見せるんじゃなくていいのか?」
「……それは、その。……いいの」
「そうかい」
……こんなこと言われて嬉しくないわけがない。
優越感のようなものに浸りながら、叶の頭を撫でた。微かに耳を染めた彼女は、颯の腰に手を回して腹に顔をうずめていた。
「どした?」
「どうもしてない」
拗ねているかのような叶が、もぞもぞと身じろぎする。
「くすぐったいんだが」
「しったこっちゃないです」
「さいですか」
相変わらずいろいろ危ないのはいつも通りだ。密着している叶のことは考えないように違うことに思考を紛らせた。
夏休み。まだ半分にも来ていないが、何かできることはないだろうか。夏祭りは行ったし、プールも行った。
後はボウリングとかカラオケとかだろうか。前はよく行っていたのだが、室内で遊ぶものはまだ今年は行ってない。
「いつものメンバーで、どっか行きたいな」
「……そう?」
「ボウリングとか、な。まだ今年は行ってないし」
ぎゅう、と叶が抱きしめている手に力を入れた。彼女は小声で何かを呟いたが、颯の腹に顔をうずめたままだと聞こえない。
「なんて言った?」
「むぅ……」
顔を上げた叶は、真っすぐに颯を見つめて言う。少し恥ずかしそうに頬を染めて、もう少しでうつむきそうになりながら。
「二人で遊びに行きたいの……」
息が詰まるというか、なんというか。
どうしようもなくいじらしい叶の態度に心臓が早鐘を打つのを感じながら、それをごまかすように彼女の頭を撫でた。
叶の髪型が崩れるまで撫で続け一応は落ち着いた颯は、幸せそうに蕩けていた彼女に声をかける。
「二人でも遊びに行くし、六人でも遊びに行く。それでいいか?」
「うん……。それがいい」
よしよし、とまた叶の頭を撫でるとまた抱き着いてくるのだった。
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