鈍感君に全力アピールする(予定)の水着

叶がプールに行くと決まったときのかなり前。というか夏休みすらも始まっていない、要するに「好きな人が出来た」発言もまだしていないとき。


イノは、里奈と叶とショッピングモールを訪れていた。


「で、叶はどうしたい?」

「水着買おうと思って。ゆーまとプール行くときに、去年と同じってのは味気ないじゃん?」

「別にいいと思うけど。たかが幼馴染でしょ」


三人は仲良く歩きながら、水着を売っているところを探す。広くて迷っているわけではないが、水着を取り扱う店がたくさんあってどこに行けばいいのか分からない。

とりあえず地図を見て目星をつけ、三階に上がることにした。


「イノはそう思うかもしれないけど……。私だって一応女子だし」

「颯のことはどう思ってる?」

「とても仲のいい幼馴染」

「恋愛感情は?」

「ない、かなぁ」


そう話す叶の奥で、里奈が「信じられないよね」という視線を向けてくる。

確かに信じられない。ここまでメロメロになっておいて、まだ恋愛感情をもってないと思っていることが。颯のことを見る視線や、こうして水着を選ぶ姿勢。明らかに恋する乙女である。


「まあ、いいよ。とりあえず水着探しに行こうよ」

「了解」


呆れた顔のまま里奈が宣言し、足早に進み始める。里奈とイノに置いていかれそうになって、叶は小走りでついてきた。


イノと里奈は、小声で言葉を交わす。


「なぁ、里奈。あれまだ自覚なしか?」

「そうなのよ。まだ自覚なしだからたちが悪いのね」

「どうする?……恋愛的に発展するのは彼ら的にも今年の夏がちょうどいいと思う」


イノたちが通っている高校は一応進学校なので、二年の後半からは受験に向けて本格的な準備が始まったりする。忙殺されるほど忙しくなるわけではないが、こうして余裕を持っていられるのは今年一年だけだ。


それに、行動するなら早いほうがいいだろう。叶と颯のラブラブぶりで同学年の女子は諦めているものの、他学年になるとそうもいかない。

顔もよし、体格もよし、運動もそこそこ、優しい。こうしてイケメン感あふれる颯には見えないところでの恋愛沙汰が多いのだ。


「そうよね。なんか発破をかけた方がいい気がする」

「そうだな」


出会ってから三か月もたっていないとはいえ、イノや里奈にとっては大事な友人だ。その友人がわけもわからぬまま失恋するなどは見たくない。

ここまで相思相愛なのに付き合わないじれったさを見せられるのも、糖尿病になりそうだった。


ということで、


「さあ、エッッッロい水着を選ぶわよ!!」

「え、ええ、え?」

「……はぁ」


方向性が540度ずれている里奈の宣言を聞いて叶が混乱している。イノはそれをみて、思わず溜息をついた。


ともあれ、叶と颯の関係を進展させることに決まったのだった。





「この雰囲気の店であればいいものがあるんじゃない?」という里奈の発言により、少し大人びた店の中に三人で入る。


JKにもなるとこういう場所に抵抗もなく入れるのがいい。女子中学生だとどうしても気が引けてしまうから。


「これとかいいんじゃ?」


イノはかけられていた水着のうちの一つ、真っ白なビキニを彼女に見せた。ちょっと違うかな、ということだったのでおとなしく棚に戻す。


そんな平和な選び方をしていたのだが、里奈が無事に爆弾を落とした。


にやにやとした笑みで持っていたのは、明らかにJKが着るようなものではない布面積の小さいもの。叶の小さなサイズに合ったものがよく見つかったなと言いたいほどである。


イノが額を抑えていると、叶は顔を赤くしてあたふたとしていた。


「む、無理だよっ。わたしこんなの着てゆーまの前に立てない………」

「そんな恥ずかしがることないでしょう?だって恋愛感情無いんだし」

「それはそう、だけど」


発破をかける方法を間違っている里奈に水着を戻してこさせつつ、いまだ恥ずかしがっている叶に声をかける。


里奈はすぐに戻ってきた。


「まだ自覚ないの?」

「何が?」

「どう考えたって、叶は颯のことを好きだと思うんだけど」

「……へ?」


里奈と一緒に叶に追い打ちをかける。けして虐めたいとかではない。叶の焦ってる様子がかわいくてそそられたとかそういうのではない。


「颯の好きな食べ物は?」

「唐揚げ」

「誕生日は?」

「十二月一日」

「何でも知ってるねぇ」

「お、幼馴染だからっ!」


だからと言ってそこまで知ってるか?と疑問に思ったのだが、………よく考えればイノも大樹のことはよくわかっているので何も言えない。

里奈にしても同じようで、言葉に詰まっていた。


「……まあ、それはいい。つい颯を目で追いかけちゃうときはない?」

「ある、けど」

「気が付いたら颯のことを考えているときはない?」

「………それは……。ある、でも」

「颯がほかの女と付き合ってたら?」

「それはやだ……」


どうしてこれで自覚がないのか。

はあ、とためいきをついて見せると、叶は混乱した瞳のまま里奈とイノを見返した。


「私って、ゆーまのこと好きなの……?」


その問いは二人に向けられたものであって、叶自身に向けられたものでもあるのだろう。この鈍さにして、あの鈍い幼馴染かと、どうしようもなく嘆きたくなってきた。



結局その日、叶は黒い水着を買った。普段叶が買うものよりは断然布面積が小さかったが、里奈に見せられた水着の衝撃の影響で抵抗もなく購入していた。

これを狙って里奈があれを見せたのであれば、相当の策士だと思う。叶が黒い水着を選んだ瞬間に嬉しそうに笑っていたところからして、間違ってないかもしれないが。


結局、翌日に叶から連絡がきた。その日は颯と遊んでいたらしいのだが、「私ゆーまのこと好きっぽい」という今更感あふれる文書が。

イノは里奈と一緒に居たので、無言でハイタッチした。


そして、物語が始まった。

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