第!(話
ひとしきり演奏を楽しんだ後、食事をする。
この家に来させてもらったときはいつもこうさせてもらっていた。全員で食事を作るときも、食事を出していただくときもある。
お世話になり過ぎて代金を払おうにも「高校生のうちはお金を大事にしなさい。親御さんが働いて貯めたお金だからね」と幸人に言われたからには感謝を言葉にすることしかできない。
というわけで、とりあえず感謝の言葉である。
「いつもごっつぁんです」
「大樹らしくない言葉だな。あ、本当にいつもありがとうございます」
「いやあ、ありがとうございます。俺いつも感動してます」
「いいよいいよ。普段のことだし。俺の勝手だし」
イノをも感謝の側に入れ、みんなで頭を下げる。これも恒例事項だった。最初イノは理解できないままに感謝されて混乱していたというのに、今では非常に偉そうな顔だ。
お前は別に大したことしてねえだろ。いや、誘ってくれたりいろいろ感謝はしてるけどもが。
「いつもめっちゃおいしいですっ」
「いや、本当に。めちゃくちゃおいしいです。ありがとうございます」
「ありがとう。あとでシェフにも言っといて。きっと喜ぶからー」
分かりました、と全員で返事をし、大人数でも座れるような大きなテーブルにわいわい座る。ふわふわとした柔らかい椅子に座り、テーブルクロスの敷かれたテーブルに料理が並ぶのを待った。
ほどなくして、シェフの女性と田島さんが現れた。
全員が一斉に頭を下げる。
「いつも感謝っす!」
「本当においしいご飯ありがとうございまーす!」
「………うまし」
「いや、大樹食べるの早すぎる。せめていただきます言って」
「うまいです。感謝です」
「ほんと嬉しーです。いつもありがとうございます」
「いつも感謝です」
次々に述べられた感謝の言葉にシェフと田島さんは驚いたように目を回していた。各々満足できるだけ日頃の感謝を伝えた後、手を合わせて食前の挨拶してから料理に手を伸ばした。
ちなみに座っている順番は、颯と叶が隣、里奈と海斗が隣、イノと大樹が隣だ。幸人は一人にされて寂しかったらしく田島さんとシェフを隣に呼んで座らせた。シェフは料理がべた褒めされているのが相当嬉しいらしく、にこにこしながら六人の子供を見守っている。
その視線を受けながら、颯は叶に料理を分けていた。
そして、シェフの女性にも劣らないほどに楽しそうな表情な叶は、その颯の横顔を見つめる。
「ありがと、ゆーま」
いつまでも見ていられそうな、ぶっきらぼうなようで優し気なその表情に微笑みが浮かんだ。どきりと心臓が跳ねるのを感じながら、叶は小さく息を吐いた。
「どうも。ほら、野菜も食え」
「りょうかい。おいしいからいくらでも食べられる気がする」
「だな」
ちょうどよくかけられたドレッシングから何から、本当に作りこまれている。叶は料理を口に運んでは嬉しそうに顔を緩めるのだった。
颯も、旨い料理と叶の笑顔とで自然と笑みが零れているようだ。
「ゆーま。これゆーま好きそう」
「ありがとう。本当だな。うまそう」
叶はポテトサラダに手を伸ばす。絢爛な食事の場にはポテトサラダを含めた二つのサラダが用意されていて、どちらもおいしそうだ。叶がポテトサラダを取ったのは、颯が好みだろうという理由からだった。
颯がシェフの女性に料理について聞くと、嬉しそうに解説してくれる。その優しそうな風貌の女性は、自分も料理に手を伸ばしながら話してくれた。
「それはね、ポテトサラダだけだと野菜があんまり取れないから両方作ってみたのよ。ただ味が同系統になると面白みがないからサラダの方はさわやかな味にしてあるわ」
よろしければ食べてね、と笑顔で言われてサラダ二種を手に取る。食べ比べると、ポテトサラダは普段と雰囲気が違い、サラダは柑橘の風味でどちらもおいしかった。
「うまいっす」
「それは良かったわ」
叶はと言えば、颯によそってもらったサラダを口いっぱいに含んで目を輝かせていた。のどに詰まらせるなよ、と言いながら水を差し出すと、両手でコップを抱えてこくこくと飲み始める。
水を飲み終わり、よほどおいしかったのか顔を輝かせたまままくしたてるように感想を話した。
「これおいしいです!や、今までいろいろサラダ食べてきたつもりですけど、ここまでサラダで感動したの久しぶりかもしれないです!」
シェフの女性はにこやかに叶の話を聞いている。
颯は、叶の興奮度合いも分かる気がした。この家で食べさせてもらう料理はいつも堪能させてもらっているのだが、今日は格段にうまい気がするのだ。さらには料理の感想を伝える相手がいるので、それはもう声に出して伝えるしかないだろうという話である。
よって、食事の場はいつもよりもにぎやかになっていた。
「しあわせー………」
はしゃぎすぎて逆に落ち着いたのか、半ば放心状態で叶は息を吐く。
颯は少しずついろいろな料理を皿に盛りつけては、口に運んでいた。時折叶の様子を見ながら、料理をよそってやるのも忘れなかった。叶は小柄な方なので腕もそこそこに短く、颯の方が遠い料理に届くのだ。そういうこともあって、小さいころから叶の料理は颯が取り分けていた。
今ではもうそこまで世話を焼かれる必要のあるわけではないのだが、小さいころからのままの習慣で抜けることはなかった。
「うまいな」
「めっちゃうまい。ほんとうまい。ほんと幸せ」
「はは、よかった」
叶は非常に楽しそうに笑う。颯は、その頬に付いたポテトサラダを拭うために手を伸ばすのだった。少し照れたような顔で、叶がうつむいた。
そんな様子を見て里奈と海斗はため息を吐いた。あいつらマジで新婚夫婦かよ、と。
その二人は自分たちの距離が異様に近いことに気が付いていない。
海斗は隣の里奈に対して遠慮のかけらもなく接しているし、里奈は里奈で信用のおける相手として海斗を認めている。その信用のおける範囲というのは、いつも一緒に居る五人にも広がりかけているが、やはり一番一緒にいて安心するのは彼なのだった。
「あ、それ一口頂戴」
「ん?自分で取ればいいじゃん」
「私それ苦手なんだよね。だけど食べられる気がして」
「おお。じゃあ上げるわ」
あーん、などと言って海斗は里奈にフォークを突き付ける。彼女はそれを口に入れた。口の中に優しい味がほどける。
思わず笑みを浮かべると、海斗も嬉しそうににやりと笑った。
「おいしいわね」
「おー、そりゃ素晴らしいじゃん」
「あたしも取ろうっと」
里奈が料理に手を伸ばす。海斗側にあったそれにはうまく届かなかったらしく、バランスを崩しそうになったのを海斗が支えた。「気をつけろー」と言われて、里奈はおざなりに返事をする。
普段はちょっとのことで口論になるというのに、こういうときは優しいのだから対応に困る。だからこそ、こうして適当に返すことしかできないのだ。
再度手を伸ばしたが届かない様子なので、海斗が里奈に料理を手渡した。
「最初っから取ってくれって言えばいいのに」
「えー、なんかヤダ」
「なんだよそれ」
呆れた様子の海斗が、他の料理にも手を伸ばす。いくつか手に取ったそれらを、里奈の皿にのせるのだった。「別に勝手にやってるだけだからな」などと視線を逸らした彼の優しさをどう受け止めればいいの変わらず、里奈も彼を見続けることができなかった。
叶と颯。そして、イノと大樹。
どちらの男女も距離が近すぎるため、彼らの中での距離感の常識というものはだいぶずれていた。恋愛的な感情を抱えていないにもかかわらず。
だから、非常に仲良しなだけのただの男女友達である。彼らの中では。
彼らはその関係が、いつ崩されるのか分かった物ではないほど、もろい関係だということを知らない。
ただ、もろいと言ってもその果てにあるのは二人にとって幸せな結末である。明らかにわかり切っている答えから逃げ続ける羽目になるのだが、……まあ、今は二人とも相思相なんたらなのだからいいだろう。
とまあ、こんな様子の二組だったのだが。
テーブルの反対側には両片思いの状況であるにもかかわらず殺伐とした二人がいた。
イノは、ほとんど目が閉じかけている大樹に声をかける。
「いや、食えよ。半分寝てる」
「……寝てない。おいしい」
自分は料理に手を伸ばしてないことを棚に上げ、大樹に料理を与え続けるイノ。なぜかその表情は非常に輝いていた。
ちなみにその表情は大樹の目には入っていない。まあ、見えたとしても「そんな表情出来るんだね」などと的外れなことを言うだけだろうから、双方にとって幸運ななのかもしれないが。
イノ自身は、小さいころから一番近くにいてくれる大樹に思いを隠すつもりなどはないのだから、早く大樹にもこちらを向いてほしいのだった。
ただ、大樹は鈍いというか理解ができない人なので、その道は長そうだったが。
「ねえ、せっかく作ってくれた料理」
「……食べてる。おいしい」
さっきから大樹の会話がワンパターンだ。普段の彼の行動をある程度理解している人であれば、この行動もいつものことだろうと流すのだろう。
が、イノは知っている。会話が定型文と化してくるのは、彼が眠くなってきているときだけである。
むっとしたイノが大樹の頬を指で突き刺す。にこりと笑った大樹がイノにやり返した。こうなってしまえば大激戦である。わーわーぎゃーぎゃー言いながら……、なんていうのはこの二人ではならないが、静かな激しい攻防が繰り広げられた。
と、突然大樹の伸ばした手が、イノの髪に触れた。髪柔らかいね、と撫で続ける彼にイノは一瞬思考停止し、照れ隠しをするようにやり返すのだった。
食事の場ですよ、と田島さんにたしなめられるまでそれは続いた。
そんな彼らの様子を見ていた大人たちは。
「青春っていいよねー。彼らを見てると本当にそう思う」
「私も思いますね」
「田島さんもそう思います。彼らは眩しいというか、なんというか」
「………っていうか何とかならないの?その一人称田島さん」
「癖ですね。治らないです」
微妙な空気が彼らの中に流れているようだ。
幸人は、コーヒーを望んだ。三人で仲良く飲んだ。
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