第!&話

颯と叶は、どちらかと言えば田舎であるこの近辺にそぐわない、絢爛な家の前に立っていた。周りに住んでいる人であれば、一度はこの家に目を奪われたことだろう。さすがに、物語で出てくるような豪邸とまではいかないが、誰が住んでいるのか気になるほどには広めの土地が確保されていた。


ここに来た原因は、友人である井上里奈からの連絡だった。『明日十時にイノ宅へ集合』という一言だけが颯に送り付けられ、叶にはもう少し丁寧な文書が贈られたようだが、今日ここに集合することになった。


普段つるんでいる六人組の家のだいたい中心にあることと、この家の主人が寛大なこと、そして居心地がいいことからこの家で過ごさせてもらうことが多い。申し訳ないのだが、この家の主人は、娘のイノが喜んでいるのだからいいと優しく言ってくれた。本当に感謝しかない。


そして、イノというのはこの家の主人の一人娘「笹島いの」のことである。漢字ではなく平仮名の名前なのだが、本人が見ずらいから言ったので、文章にするときにはカタカナで呼ばれる。


「や、イノん家やばいよね」

「いつも来てるけどな。毎回ビビるんだよな」

「確かに。インターホン押すの緊張する」

「じゃ、俺押すわ」


びくびくしながらインターホンを押すと、返事はすぐにあった。『入ってきていいよ』という不愛想なその声と共に、鍵が開く音がした。


小声で叶と話しながら扉を開けると、そこにいたのは使用人のような男性の姿。いつも見慣れているその男性の名前は「田島さん」だ。彼に鞄を預かると言われたのでやんわり断り、お礼を言ってからリビングに向かった。


リビングへのドアを開けると、そこにはもうイノと、爆睡している斎藤大樹の姿があった。いつも通りの姿過ぎて突っ込む気にもならない。


「あなたたちいつも一緒に居るよね」

「家が近いし、一緒に居ない理由もないからな」


そういうお前らもな、と小言を言うと当然のように無視された。叶は爆速でイノにちょっかいを出しに行き、即刻でやり返されている。


イノは少しの間、叶の脇をくすぐっていた。が、叶が笑いすぎてそろそろ涙目で限界そうだからやめてあげた方がいいと思う。叶は叶でそんな助けを求めるような表情で自分のことを見ないでほしい。

小さく合掌した。


抗議の視線をなぜかイノからも向けられたので叶を救い出しつつ、荷物をソファの隣に置く。もちろんイノに許可を取ったうえで。

何気に大きいのは叶の勉強道具も含めて持ってきたからだ。普段、一緒に勉強するときは颯の家でやることが多いので、叶の勉強道具は颯の家に置いてあったりする。


「で、言い出しっぺのりなりなは?」


叶が思い出したように問うた。

りなりな、というのは里奈のことである。本人はこのあだ名で呼んでほしいらしいのだが、その呼び方をしているのは叶ぐらいだ。ほかは元より長くなっているからと呼ぶことはしなかった。


里奈だけでなく、それに付属してくるはずの山中海斗の姿もない。どうせ海斗が未だ寝ているのを里奈が起こしているのだろう。


「寝坊だな」

「………なに?僕に文句言いたいの?」


寝坊、という言葉に対して大樹が体を起こした。

確かに大樹はよく眠るが、それによって遅刻することはない。………どこぞのイノとかいう輩に世話を焼かれているから、な。


「いや、めんどくさくなるから大樹は寝てていいぞ。今文句を言ったのは海斗に対してだ」

「………海斗、また遅刻してんの?」

「いつも通りな」


時計を見ると、あと数分で十時である。


「っていうか、大樹はいつからここにいるんだ?」

「………昨日の、夜から?」

「何してたんだよ」

「明日遅刻するかもってイノに言ったらこの家に連れてこられた………」


思わずイノの方を向いて「おい」と声をかけると、私は知らないのだと言わんばかりに視線を逸らされた。もう少し弁明しようとするべきだと思う。

イノは感情表現が下手だが、大樹は感情を受け取ることが下手だ。一方的に好かれていることも気づかず、たぶん大樹本人も気付かずにイノを好いているのだろう。


颯はそんなふうに心の中で結論付けたのだが、いろいろな部分で盛大なブーメランが自分に刺さっていることに気が付けなかった。




すり寄ってきた叶の相手をしつつ待っていると、集合時間から十分ほどしたところでインターホンが鳴った。来客は誰かと確認すると、映されていたのは案の定、里奈と海斗だ。


ボタンを押しつつ「入って」とイノが言うと遠隔操作で鍵が開く。


そして非常ににぎやかな二人組がリビングに入ってきた。何かを予測した大樹は耳をふさいでいる。寝るつもりだ、こいつ。


「まっことに申し訳ございませんでしたっ!!………主にこいつが悪いです!」


里奈が真っ先に行動したのは海斗の頭をつかんで一緒に頭を下げることだった。仲がいいですねなどと冗談を言うと本気で切れられそうなので、口をつぐんで我慢する。笑いそうになって頬がぴくついているイノはご愛嬌だ。


「ちょ、俺悪くないって!」

「何言ってんのよ!?昨日夜中まで起きてたからって今日来れないとは限らないでしょ?」

「いやいやいやいや、あんな遅くまで歌の練習に付き合わされたら眠くもなるだろ!?」

「やぁぁ、言わないで!?」

「みなさーん。この人自分だけ歌下手なのが気になるとか言って歌の練習夜中までしてましたよー」


パチンという海斗の頭がはたかれる綺麗な音がリビングに響き渡る。耳をふさいでいたはずの大樹でさえピクリと肩を震わせていた。

当の叩かれた本人はわざとらしく頭を抱えている。里奈も、あれはあれで優しいほうなので全力ではたいたわけではないだろう。


二人に遅刻の詳細を聞くと、予想通り海斗の寝坊が遅刻の原因らしい。そしてその寝坊の原因が、昨日夜遅くまで起きていたことだという。


「いや、別に里奈も歌下手じゃないだろ?」

「叶と一緒に居ると自信失くす」

「……そうかも知らんが。っていうか今日は音楽案件で呼ばれたのか?」

「そ。久しぶりにみんなでやろうっていう」

「久しぶり、………?」

「…………君ら一週間ぐらいいなかったじゃん?僕は一人寂しくおうちで寝ていたのに」


その通りだったので文句を言うことはできず、膝の上で楽しそうに笑っていた叶を下ろす。ソファに座らせ、なおもすり寄ってくる叶の頭をおざなりに撫でた。叶は嬉しそうに頬を緩め、目を細める。


二人の幸せそうな様子を見て、海斗が天を見上げた。


「お前らには自重っていうものがないのか?」

「………?」

「ああ、本気で不思議そうな顔しないでくれよ。俺まで悲しくなってくるじゃねえか」


諦めた様子の海斗をなおも不思議そうな表情で見返す。

里奈がため息を吐いた。イノもそれを真似してため息を吐く。なぜか知らないが先ほどまで机に突っ伏していたはずの大樹までため息を吐くために体を起き上がらせていた。さらには叶まで呆れた顔をして見せた。


何がしたいのかわからず、しかし揶揄われていることはわかるので、無理やりに話を進める。じと、と颯の太ももに頭をもたれたままの叶が彼を見た。


「……で、今日は何をするんだ?」

「さっきも言った通り、みんなでバンドをやろうと」

「やった」


さっきまでは颯にくっつくことに夢中だった叶が、里奈の宣言を聞いて楽しそうに歓声を上げる。ギャグの塊のような存在が多い中、こういう純粋な癒しキャラがいるといいものだ。


全員の空気が一気に弛緩し、めいめいに雑談をし始めた。


イノは寝ているままの大樹にちょっかいを出し、逆に彼にやられていた。大樹は何気にいたずらされるのが嫌いだが、自分が楽しくなっているときはやり返す。本当に怒っているときは無反応なので注意が必要だ。

まあ、イノはそこらへんはわかっているだろうが。二人とも無表情だが非常に楽しそうだった。


そして里奈と海斗は何やら口論を始めたが、いつものことなので割愛する。どうせ最終的に、じゃんけんからのあっち向いてほいにでもなって白熱するのだからどうでもいい。結局その後何で口論していたのかだなんて忘れるのだから。


叶は、そんなみんなの様子を嬉しそうに眺めてから颯に頭を擦り付けてきた。

うりゃうりゃと叶の頭を撫で、それにこたえて叶も颯の頭に手を伸ばす。叶に頭を触られないように攻防しつつ、里奈たちの雑談を聞きながした。


さすがに昨日の疲れが残っていた颯は、早々に勝利を諦める。両手を上げて降参を示すと、嬉しそうな顔の叶に髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。


「ねえ、楽しみだなー」

「叶は何でそんなに体力で有り余ってるんだよ……」

「なんでだろね?ゆーまからもらってるのかな?」


にししと笑う彼女に膝の上に乗られたまま、妙にフカフカなソファに体を預ける。叶は颯の胸にもたれかかった。


「ゆーま、ちゃんと生きてるね」

「逆に死んでたらこえぇよ」


と、だんだん二人だけの世界が出来上がり始めている颯らの様子に、イノが立ち上がった。さすがにそろそろ本題に入ろうということだろう。


「じゃ、場所移動しよう」


案の定そうだったイノの言葉で、違う部屋に移動しようとみんなが立ち上がる。


向かうは彼女の趣味で集められた楽器の数々が詰められた部屋だ。半分は彼女の父親の物らしいが、それにしても毎回感心させられる。楽器はあまり高くないものを選んでいるとはいえ、そこまで安いわけではない。

この防音の部屋を造ったことも含めて一体いくら掛かっているのか。


そんなことを気にしても意味がないと思考を頭から追い出した。


ちなみに、大樹はイノに引きずられてこの部屋まで来た。直前まで寝ていて起きなかったのでイノが連れてきた結果だ。


「……ん、やろう」


そのイノに引きずられた姿勢のまま大樹が言った。なんだか締まらないが、まあ、高校生の会話なんてそんなものだろう。


「じゃ、とりあえずいつもので」


もうとっくにギターを取り出して始めるつもり満々のイノの宣言を受け、全員が各々おのおのの楽器の場所に付く。


「ボーカル叶準備おっけーです!」

「ピアノ里奈おっけ」

「ドラム。準備できた。颯」

「ベースの大樹です」

「こちら海斗もボーカル準備できましたー」


一人だけ自己紹介が混ざっていたものの、全員が準備ができたようだ。


いつもの、というのはイノから最初に渡された課題曲のことである。本人が作ったようだが普通にレベルが高い曲なので、肩慣らしとしていつも最初に演奏している。


いつものように、颯の四拍のライドシンバルが鳴った。空気が引き締まる。


演奏が始まった。





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バンドに詳しいわけではありませんので、何か不備がありましたらお気軽に報告していただけるとありがたいです。細かい部分でも大丈夫です。

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