第11回+ 憎悪の子

 ラングの屋敷は重く、静まり返っていた。


 リウ・ラングが侵入を試み遁走した――つい先ほど起きたばかりの事件を掌門ヤーに伝えるべくジンイン邸へと走った一人の使者が、それよりも遥かに重大な報せを抱き舞い戻ったのだ。


 チュミンが震えた声で訊き返す。


「ま、間違いはないの?」

「はい。残念ながら……ヤー・ラングは亡くなりました。殺されました」


 娘にとって、それほどに聞きたくない言葉はないだろう。

 目の前が暗くなり、足元が消え去っていく。


 使者たる門人は続けて、言った。

「リウとメイフォンの犯行によるものだと考えられます」


 崩れ落ちかけたチュミンの体を侍女が支える。


「奥さま、お気を確かに……!」

 非情なる門人を睨み

「ジィドゥ・ピャン! あなた、少しは気遣いというものを!」


 チュミンはどうにか立って「大丈夫よ」と。

「大丈夫。大丈夫だから、少し、一人にさせて。ええ、大丈夫だから。ツァオ・ラングの娘よ? 大丈夫に決まっているじゃない」


 そうして部屋へ戻るや否や、跪き、お腹を抱えて涙を流した。


 三年前、父を亡くし、愛しい人に裏切られた。

 その一年後には母を亡くし、今度は夫まで。


 どのような因果、天命によるものか。

 神仏を呪いたくもなる。


 しかし、不幸中の幸いもあった。


 チュミンは優しく、お腹を撫で続ける。

 そこに宿った、まだ性別もわからぬ小さな命に、暖かな声で語る。


「あなたの名前は、ヂェンリィよ。ヂェンリィ。真実という意味。真実は何者にも屈しないの。良い名でしょう?」


 だから――と。


 柔和温順。

 その母親の声音を変えることなく、怨嗟を紡ぐ。


「殺しなさい、ヂェンリィ」


 祝福の呪詛を吐く。


「リウとメイフォンを殺すのよ。だって真実ヂェンリィは何者にも屈しないのだから。あの人の仇を取るのよ。殺せ。殺して。殺すの、ヂェンリィ。お願いよ。リウとメイフォン。裏切りの狼に罰を下せ。殺せ、ヂェンリィ。殺せ。殺せ。殺すのよ、ヂェンリィ。あの、ふたりを殺す。それが、あなたの産まれる唯一の意味。それが、あなたの天命」


 繰り返し、繰り返し。

 繰り返し、繰り返し。

 繰り返し、繰り返し。


 その日が来るまで、決して終わりのない憎悪の子守歌。



 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。

 仇を討て。復讐を遂げろ。

 それだけが、お前の生きる意味なのだから。

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