第21回 襲撃

 ヂェンリィはそれから、優勝賞品を受け取ったショユエと合流。

 早めの夕飯の後、宿を探す。


 素泊まりだけの安宿で良いのだが、祭りの時期のためか、ことごとく断られる。

 次がダメなら野宿だろう。

 その覚悟もしていたところ、運よく一部屋見つかった。

 町外れのボロ宿だった。


 かび臭い布団に寝転がり、ヂェンリィは呟くように、

「……無茶するのは勝手だけど」


「え?」

「それで大怪我されたら、足手まといになるだけなんだから」


 ショユエは少し沈黙して、

「だって優勝してくるって言っちゃったし」


「そんなの」

 出来なくたって問題じゃない。


 言いかけてヂェンリィは、ふぅ、と息をつく。


「悪かった」


 そうだ、この子は嫌だったのだ。

 もしも優勝できなかったときに、指輪を奪おうとする卑劣な真似が。


(そういうところは、親に似なかったんだ。いや似たからか? 報いがあるなんて? はン。馬鹿馬鹿しい)


 ムスっとした顔でヂェンリィが黙りこくっていると、彼女は続けて、


「でも、それだけじゃないよ。なんか楽しかった。それで……勝ってみたいなって思った」

「楽しい? 戦うのが?」


 あまり理解できない感情だ。

 戦いは、なにかを為すための手段の一つに過ぎない。


(そう言えば、ハオも楽しそうにしていた。武芸者のさが……なのか? 父が健在だったら私にもわかったのかな)


「うーん……力を試すのが、かな。今まではマーマに稽古付けてもらうばかりだったし、メイマーマには勝てないんだもん。自分がどんなものなのかなんて、わかんなかった。マーマは、筋が良いって言ってたけどさぁ」

「ま、こんな町の大会で優勝したからって調子に乗らないことね」

「はぁい。でも実際のとこ、ヂェンリィから見て、どんなものだった? 今日の大会の質とか」

「普通よ、普通」


 嘘ではない。

 決勝に残った四人が上の下くらいとして、参加者全体で平均したら、普通だ。


 二人とも疲れていたのだろう。

 そうやって話しているうちに、どちらともなく眠りについていた。


 祭りの喧騒も遠くなった、夜更けも夜更け。

 扉を強く叩く音してヂェンリィは目が覚めた。

 やや遅れてショユエも。


「うー……なにぃ? お客さん?」

「ねぼすけ。早くこっちへ」


 まさか客なわけがなかった。

 ノックよりも、うんと激しい。


 バン! と扉が蹴破られる。

 雪崩れ込んできたのは、黒頭巾の男ら。

 手前に一人、奥に二人。


 手前の奴は片手に刀を持っている。

 刀と一口に言っても様々あるが、彼のは柳葉刀りゅうようとうと呼ばれる類。

 名の通り刀身が反り返っている。


 頭巾たちの目的は、その口ぶりから明らかだった。

「指輪を寄越せば、命だけは助けてやる!」


「やだ!」

 と即答、ショユエ。


 先頭の頭巾が刀を振り上げ向かってくる。

 ヂェンリィたちは、それぞれ左右に跳んだ。

 後ろの二人のうち左の頭巾はヂェンリィを、右の頭巾はショユエを角に追い詰めん。


 ヂェンリィは相手の攻撃掻い潜り、一発喰らわすと入口のほうへ駆ける。

「指輪は私が持っているぞ!」嘘。


 これで刀の頭巾も引き付けられた。

 一対一サシならショユエに大事はないだろう。


(壊れた戸口付近なら、私も実質一対一。それに枠が邪魔して刀の軌道も限られるはず!)


 振り返って、まず素手頭巾を蹴り飛ばす。

 予想通り。刀頭巾に立ち代わって、振り下ろし。

 寸で躱して爪で腕を裂く。


 次いで首も、と踏み込むと引き下がられた。

 素手頭巾が、ちらりと後ろを気にする素振り。


(ショユエを人質に取るつもりか?)


 そのとき頭巾二人の目が驚愕に染まった。

 同時にジェンリィも、背後に人の気配を感じた。


(新手――っ!?)


 爪を繰り出そうとして驚いた。

 ハオだった。


「なんっで」

 まさか彼が首謀者なのか。


 一瞬の困惑。

 しかも二人の敵に背を向けて。


 それを見逃す頭巾どもではなかった。


 さすればハオ、ヂェンリィを脇に押し除け彼らを部屋の奥までぶっ飛ばす。

 彼らは腹部を押さえながら、のたうち回った。


 ショユエと対峙していた頭巾は、それに気を取られたところを組み敷かれていた。


 ハオがふんと鼻を鳴らす。

 その頬からは血が一筋、垂れている。


「夜中にうるせえと文句を言いに来たんだが、危機一髪だったみたいだな」


「危機?」

 首を傾げながらヂェンリィは布団を引き裂き紐を作る。


「あんたが敵なら、そうだったけど」

 まだ床に伏す頭巾たちに警戒しつつ近寄り縛り上げていく。


「ハオ、傷は?」


「こんなもん傷のうちに入らねえ」

 彼は親指の腹で血を拭った。


 ヂェンリィが最後にショユエの下の頭巾を拘束しようとすれば、

「た、頼むっ! 指輪がないと俺たち、殺されちまう!」と。


 ショユエが、なにか言いたげな目をヂェンリィに向けた。


 ヂェンリィは肩をすくめて、

「命乞いなら相手を間違えてるよ」


「話を聞いてくれ! 俺たちだって本当はこんなこと」


 ハオが不意に横から手を伸ばし、男の頭巾を奪った。


「聞き覚えのある声だと思ったぜ。見ろ、ヂェンリィ。こいつ、準決勝の」

「……あ、フゥシィの対戦相手」


 ショユエもハッとなにかに気付いたように刀使いの頭巾を剥いだ。

「やっぱり。予選にいた人だ!」


 もう一人の顔もあらためて見れば、ヂェンリィとハオが息を呑む。

 予選にいた、黄色い服の男だった。

 ほんの少しだけ拳を交わした仲に過ぎないが、敗けた腹いせにしろなんにしろ、こんなことをするような男とは思えない。


 ヂェンリィが問う。

「脅されてやったことなのか? だとしたら誰に?」


「それは……じゃと」

 喉奥から吐き出された血が、最後まで言葉を紡ぐことを許さなかった。


 次々に頭巾男たちが血反吐を吐いていく。

 たちまち部屋には鉄の臭いが満ちた。


 ショユエはヂェンリィの袖を、そっと摘まんだ。

 のどかな村が出身の彼女には刺激的過ぎたのだろう。


 ハオが呟く。

「……蛇徳ジャトク教、か?」

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