第19回 南泉論剣・予選

 境内は、なるほど誰かの言っていた通りだ、見物客の飲食と賭場も寺の貴重な稼ぎらしい。


 中央に備えた四つの囲いが、察するに闘技場。

 受付の立て看板を見てみる。

 二十人を四組に分けて予選が行うようだ。

 人数が足りないか多いかした場合は、その限りではない。

 戦闘不能、降参、あるいは場外になった時点で勝敗を決する。


(そう言えばショユエは読み書きできるのか? ……大丈夫そうだな。流石に親が商人の娘か)


 注意事項も記してある。

 一つ、武器の禁止。

 一つ、殺生の禁止。

 一つ、苦情の禁止。

 最後のは、いかなる怪我やその他の不利益を負おうとも寺は補償しない、ということらしい。


 特に異論もないのでヂェンリィは、ショユエの隣の列に並んだ。

 ショユエはそれに気づくと振り返り、ニッコリ笑ってまた前を向く。


「待ってるのが暇だから参加するだけだ」

「わかってるよー」


 順番はすぐに来た。

 申請書に名を書いて、


「え、参加料? 取るんですか?」

 横目にショユエを窺えば、彼女はもう払っていた。


(高いわけではないけど……賭けに回ったほうが良かったかな)

 と思いつつ金を渡し、表に壱、裏に名前を書かれた木札を受け取った。

 同じ番号の囲い、もとい闘技場に入れば良いようだ。


「わたし、四番! 本選で会えると良いねー」

「理想は決勝でしょ」


 ヂェンリィは柵を跨いで壱の闘技場にあがる。

 三人の男と、一人の女が待っていた。


 正面の男二人は勝利を確信したかのように、にやけた顔をしている。

 ヂェンリィは鼻で笑った。

 少なくとも、こいつらに敗けることはないだろう。


 右側、少し離れたところにいる灰色の服の男は手強そうだ。

 ガタイが良い。


 左からおかっぱ頭の女が、猫のような目を細め、笑顔でヂェンリィに近づいてくる。


「よかったぁ。女の子、ほとんどいないから心細かったの~」

「勝ち抜けられるのは一人だろう」

「や~ん。いじわる。女子二人、ひとまず協力しましょうよ~」


 それに無言で答えたところ、僧侶の野太い声で開始の号令かけられ、銅鑼ドラが鳴り響いた。


 にやけていた男たち二人が気迫発声。

 ヂェンリィに向かう。


 猫目の女がヂェンリィの背後に回り

「ほら協力協力~」

 と蹴り飛ばす。


 正面から来る男たちの、まず弱い奴から潰す、という思惑に乗っかり、ヂェンリィを犠牲に自らはその対象から外れて、漁夫の利を狙うつもりなのだろう。


(ま、そんなことだろうと思っていたけど)


 灰色の男も動いた。

 ヂェンリィの右から仕掛ける――、


(好都合。二人には、こいつの盾になってもらおうか)

 かと思いきや、男はハッと愉快そうに笑ってヂェンリィを飛び越えた。


 ヂェンリィは猫目の女の「なんでこっちぃ!?」という声を聞き流し、眼前の二人に対応する。


 赤い服の男が宙を駆ける。

 その蹴りを横にさっと躱せば、黄色い服の拳が間近。

 掻い潜り、掌底放ちつつ後ろに蹴りもお見舞いする。


 次いで背後へ回し蹴り。

 見事に顎を打ち抜き、赤色撃沈。


 黄色を睨めば、怯んだか、僅かに後退る。

 だが、すぐさま一歩、大きく踏み込み裂帛の気合と共に拳を放つ。

 ヂェンリィは二度、三度と躱し、左を繰り出す。

 ちょうど追撃に出ようとしたところの男は出鼻を挫かれ「うっ」と足を止めて拳を弾いた。


 瞬間、ヂェンリィは足を跳ね上げさせて顎を狙う。

 躱されるのは織り込み済み。

 踵で追って側頭部を撃ち抜いた。


 男には、まだ意識がある。

 追撃しようとするヂェンリィを、彼は手で制して、

「ま、参った」

 と自ら場外へ去っていった。


 ヂェンリィは振り返る。

 猫目の女は、とっくに場外。


 残る一人は腕組みをして待っていた。

 男が言った。


「どうだ? 調子は」

「体があったまってきたところ」


「そりゃあ良い」

 と快活に笑い

「俺はお前で温まらせてもらおう――かッ!」


 一気に間合いを詰め、大きく振りかぶる。

フンッ!」


 あまりにも大振りが過ぎる。

 わざとらしい。回避誘導か。


 ならば、あえて拳で受けよう。

 一瞬、そんな考えがヂェンリィの頭をよぎった。

 しかし実際の行動は、身を守りながら後ろへ跳ぶというもの。


(危ない、危ない。舐め腐りすぎだ)

 硬身功で強化しようとも、こちらが砕かれかねない。

 それだけの威圧感が、男にはある。


 男が拳を振り回しながら追ってくる。

 ヂェンリィは思わず失笑してしまいそうだった。


(こいつは、回避を誘発させて云々なんて搦め手を採るはずが、ないな!)


 剛腕。剛腕。剛腕。剛腕。剛腕。

 右を左を。我武者羅にぶん回す。


 技と呼ぶには粗暴が過ぎる。

 それはまさに暴力の嵐だった。


 掻い潜ろうにも左右の振り子運動激しく、なにより覚悟を求められる。

 気付けば背後に木の柵。


「女よ、後ろへ跳べ! 金剛腕コンゴウワンの餌食になりたいか!?」


 この絶体絶命にヂェンリィの採った道は、男の大きく開いた股下だった。

 両腕で上半身を守りつつ足から滑り込む。

 抜けた先で尻を地面につけたまま方向転換。


 男は、ヂェンリィが即座に立ち上がるものと読んだのだろう。

 ゴウッと放たれた裏拳。


 その左腕にヂェンリィは下方から、狼のあぎとの如くに両脚挟んで組みついたなら、

(折るも引き倒すも難しいな、これは!)

 顔に目掛けて蹴りを放つ。


 男は倒れず。


「ぬぅッ!」

 腕ごとヂェンリィを叩きつけようとして、しかし。


 ヂェンリィは間一髪で離脱。

 石畳砕け、砂埃舞い上がる。


 男の右拳が腹へと迫る。

 ヂェンリィは跳びあがって前転、男の脳天に踵を落とす。

 続けざま、着地の反動を込めた蹴りを顎へと見舞った。


 男は目を白黒させ、よろよろと後退。

 木の柵に座る。


 追撃せんとヂェンリィ。

 男が手を突き出し、止める。


「降参、だ。降参」


 ヂェンリィは密かに安堵していた。

 彼からは手負いの獣めいた気配があったから。


(殺し合いじゃなくて、なによりだったかもな)


 これにて壱の闘技場の勝者は決した。

 本選が始まるまで待機、とのこと。

 屋台の傍の適当な机につけば、酒で良い気分になった見物客たちが寄ってくる。


 彼らが口々に、

「すげえな、姉ちゃん!」

「がんばれよ!」

おらぁ、嬢ちゃんに賭けたぞ!」

 激励と共に差し入れを置いていくものだから、すぐに目の前は食い物で山となった。


 どうしたものかと視線を辺りに遣る。

 キョロキョロしているショユエが目に入った。

 向こうもヂェンリィに気付いた。

 笑顔で駆け寄ってくる。


「勝ったー?」

「見ての通り」


 ヂェンリィは手をヒラヒラ振って、


「もう、あっち行きなさい」

「独り占めだ!」

「おばか。私たちは賭けの対象になっている。こうして話していたら変な勘繰りされるだろ」

「あ、なるほど。じゃ、本選でねー」


 ヂェンリィはなんとなしに焼きそばの皿へ手を伸ばす。

 これほどの量はいらなくとも串饅頭はとうに消化してしまったから、本選前の腹ごしらえはありがたかった。


 今度は金剛腕が、対面にドカッと腰を掛けた。

 ヂェンリィは「調子は?」と問うて麺を啜る。

 彼は顎を撫でながら「ぼちぼちってとこだな」と笑った。


「掻い潜られたのは初めてだ、クソ度胸。名前は?」

「ヂェンリィ」

「ハオだ」


 彼は断りもなく串焼きに手を伸ばした。


「つくづく肝がデカい。毒でも仕込んであったらどうする? 賭場も開いてりゃあ、そういう馬鹿もたまにはいるぜ」

「……そのときは、そのときよ」


 言われるまで考えもしなかったが、素直に言うと馬鹿笑いされそうだからやめた。

 ハオは真に受けたようだった。


「ますます気に入った。妻にならねえか?」


 ヂェンリィは鼻で笑い、ナニかを握りつぶすかのような素振りで答えた。

 彼がおどけた風に両手をあげる。


「急くな急くな。俺も修行中の身、次、勝ったらの話だ」

「戦ったときから思ってたけど、あんた、馬鹿――ちょっと、水餃子は取らないで」

「なんだ、好きなのか?」

「嫌いな人がいるの?」

「だから一個」

「だめ」


 そんなこんなハオと馬鹿話を続けながら食事すること十数分。

 ヂェンリィにようやく、僧からの呼び出しが掛かった。

 残りの食い物は彼に押し付けることにした。


「じゃあね」

「勝てよ、ヂェンリィ。俺が格好悪くなっちまう」

「もう充分、そうだけど?」

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