3.日常はビー玉と共に

翌日、勇人はいつもより早く目が覚めた。

「いってきまーす」

結星の声が聞こえた。こんなに早くから何を...と一瞬考えたが、今日から修学旅行らしい。行く先までの道のりはここから8時間程だろうか。とにかく遠いのだから、日が昇る前に出るのは当たり前なのだろう。

結星が出かけてからしばらくして、勇人は下の階へ降りた。

「おはよー」

「おはよう、勇人。早かったな」

まだ父がスマホを片手にコーヒーを飲んでいる時間だった。普段なら見ない、この姿。それもそのはず、時刻はまだ6時で普段の勇人ならまだ寝ている時間だろう。

「結星は何時に起きてたんだ?」

「4時半前には起きてたわよ。昨日も遅かったから、体調崩さないといいわねぇ」

勇人の疑問に水仕事を終えてエプロンを濡らした母が返答する。

結星が出ていったのは30分ほど前だろうか。どの道、自分には到底無理だなと思った。

「朝ごはん、自分でパン焼いて食べなさい」

「はーい」

勇人はキッチンへ向かった。


朝ごはんを済ませ、時間が余った勇人は2階へ戻り、ネットサーフィンをしていた。

「そういやさ」

『ん?なにー』

当然のようにビー玉に話しかける。

「願いならかなえてあげるって言ってたよね?」

『もちろんだよ。何回も言ってるじゃん』

「じゃあさ、今思い出した課題のレポートの完成したやつが突然空から降ってきたりしない?」

『えー、ボク的に面白くないから却下』

「なんなんだよ!わざわざ確認し直したのになぁ...」

少し期待したが何となく察した結果ではあった。勇人は急いで鞄からペンと用紙を取り出す。

「...捨てようかなぁ」

『なにを?』

「この赤いの」

『それは勘弁かなぁ。それに、学校の課題は自分でやるからこそ意味があるんだよ?』

「何故ここで正論を...」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


しばらく集中して机に向かっていた勇人。レポートを書く用紙の右下の端まで書き終え...

「やっべ!こんな時間じゃねぇか!」

机の時計は8時を指していた。いつもなら7時45分には家を出ているが、いつもそんなに学校に行くまでに余裕があるわけでもなかった。

「久々にやべぇ...」

急いで下へ降りて玄関を出る。

日はとっくにギラギラと輝いていた。

「あっちぃ...最悪だな」

いつもの道を全速力で走っていく。中学ではサッカー部に入っていた勇人。体力は人並み以上ではあったためペースを落とすことなく走り続ける。

『ホント、外は暑いねぇ。こんな朝っぱらから』

「そうなんだよなぁ...もう10月も終わるんだから、気温が下がってくれても...って、ええ!?」

思わず足を止めてしまった。自分の部屋でしか聞こえないはずの声が聞こえたのだから。

「なんで来たんだ?」

『え、逆に連れていかないの?この大きさだし、持ち運び易いでしょ?』

「そういう問題じゃ...ってヤバいんだった!」

勇人は再び走り出す。駅に行くまでに6つの信号機がある。いつもなら引っ掛からないのにこういう時に限って引っ掛かったりして、彼はかなり焦っていた。

「ああ、これ間に合わなくね?そこんところどうなんだよ、ビー玉」

『...次の角を右だよ』

「へ?」

『そこで右に曲がってってこと』

「いや、そっちは遠回りだろ。何を言って...」

いるんだ、と思ったがコイツの言うことは不思議と当たる。そう判断した勇人は即座に右に曲がり、迂回して駅へと向かった。途中、大きな物音がしたが、今はそんなこと気にしていられない。

幸い、電車がちょうど来ていたところですぐに乗り込めた勇人だったが...

「迂回の、意味、あったのか?」

流石の勇人も若干息を切らしながら問う。

電車が発車しだした。景色が右から左へ流れていく。

『あそこ、見てごらん』

「...あ、」

見た先では、自分が普段通る道の歩道に車が突っ込んでいた。

「もしあのまま通ってたら俺はひかれてたのか...?」

『いや、そんなにタイミングよくはないよ。これはさっき君が角を曲がった直後にこうなったんだよ。そこで足止めを喰らってもう1回戻るぐらいならあのまま曲がっちゃった方がマシでしょ?1分やそこらの時間短縮ってだけだよ』

「そうなのか、でもありがてぇ」

実際この電車に乗り遅れていたら5分から10分はタイムロスするところだった。なので、勇人は純粋な感謝を口にした。


電車に揺られること20分。電車から降りた勇人は少し早足で改札に向かい、ICカードをかざした。

学校は改札を出てすぐのところにある。ポケットからスマホを出して時間を見ると8時27分で、登校時間の8時半にギリギリ間に合った形だった。


勇人は自分のクラスの2年B組へ向かった。

「お、勇人じゃん。今日は随分と遅い時間のご登場なんだな」

そう爽やかに笑いながら遅刻間際であることをツッコまれる。

「ああ、レポート書き忘れててな。マジ焦ったわ」

「はは、それはお気の毒お気の毒。ん?今レポートって言った?」

「ああ、言ったぞ」

「あ、忘れた」

そう言った後に顔がこころなしか青くなるこの男の名は弥上柊羽やがみしゅう。勇人の比較的仲のいいクラスメートである。

『イサトに友達なんていたんだね』

「ん?今めっちゃ失礼なこと言わなかった?」

『言ってないよ』

そんなことを言い合うが、柊羽からは何も言われない。ビー玉の言葉はもちろん、どういう訳か勇人がビー玉に話している言葉も聞こえないようだ。

「まぁ、忘れちゃった物は仕方ないよね」

そう柊羽は自分をなだめた。

その言葉の後に、学校中にチャイムが鳴り響く。HRの時間だ。

「それじゃ、また後でな」

そんな柊羽の言葉に勇人は「ああ」と短く返す。


「それでは、課題のレポートを集めます」

担任の教師がそう言った。

「マジで危なかったよなぁ」

『良かったね、忘れたらどうなるの?』

「いやまぁ、評価が落ちるってぐらいだと思う」

『そっか。なら良かったよ』

ビー玉の少し安堵したようなその口振りに若干の違和感を感じなかった訳でもない勇人だったが、とりあえずレポート出すために鞄をあさる。

「.....あれ?どこにあるんだ?」

確かに書き終わったところまでは記憶があった。しかし鞄に入れた覚えなんて...

『お疲れイサト、間に合ってよかったね。もしボクが家で止めてたら間に合わなかったかもだしね』

勇人は全てを悟った。

「ああああ!!家に忘れてきたァァ!!!」

「五十嵐くんうるさいですよ??」

「はい...」

1時間半の制作時間を返して欲しいと思ったがそんなことは誰にも言えない。

結局課題のレポートを忘れたのは柊羽と勇人の2人だけであった。

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