第59話 二人のマーリン【前編】

 眩しい光を受けたような気がして、目を開ける。確か屋敷のベッドで眠りについたはず。しかし、身体を起こしてみると見慣れない場所に横たわっていたことに気が付く。


「花……畑……?」


 一面に広がるネモフィラの花。どこまでも続く青い絨毯の様な花畑の中に俺は倒れていた。この感覚、何となく慣れてきたような気がする。つまり、これは────。


「夢、だよな。」


 このふわふわとした落ち着かない感じは夢に違いない。夢でなければ、瞬間移動とかさせられた、とかなんだろうけど。流石にそこまで巻き込まれるようなことはした覚えはない。


「でも、精神だけでも連れてこられたってことだよな。」


「うんうん、そうともそうとも。」


 誰に投げかけるわけでもなくこぼした言葉に適当な相槌がうたれる。女性的でもあり、男性的でもあるような口調。


「誰だ……!!」


 背後に感じた気配に思わず振り返り、距離を取る。目の前に立っていたのは、全身を白いローブに包み、フードで顔を隠した人間。いや。


「いや、人間とは限らない、かな?」


「どいつもこいつも人の思考読まないと気が済まないのかよ。」


 人間にしては纏っている雰囲気が違う、気がする。漂うオーラがどこかマーリンやモモと似ている。そして、それだけの実力者でありながら不思議と敵意は感じられない。

 俺が身体の力を抜いたのが伝わったのか、彼もしくは彼女は右手を軽く振って見せる。


「あはは、警戒を解いてくれたようで助かるよ。」


「そりゃどうも。」


 見るからに怪しい不審者。街で話しかけられたら憲兵さんにでも通報なりしているところだが、そうもいかない。辺りを包む花の香りのせいだろうか、相対しているだけで気も抜けてしまう。


「で、どこの誰なんだよ、あんたは。」


 俺の問いに、彼もしくは彼女はフードの下で軽く口角を上げて笑い、そして自信ありげに言い放つ。


「ボクは。勇者を導きし偉大なる魔術師だ。」


「マーリン……?」


 その名前と名乗りはいつかどこかで聞いたことがあるような気がする。うちのマーリンと同名、それだけじゃない、そんな気も。


「ボクがどうして貴重な外出の機会をキミとの邂逅に当てたのか、それはね。」


「それは……?」


「ボクが正真正銘のマーリンだからさ!!!!」


「は?」


 それまでの静かな声とは異なり、大声で言い放ったマーリン。その勢いに気圧され、短く返答を返すしかない。


「ボクは暇しているから君の様子も見てたから、君のとこのあいつがマーリンって名乗っているのも知ってるんだよね。」


「確かに名乗ってるっていうか、そういう名前というか。」


「いや、そこだよそこ。ボクはマーリンだけどあいつはマーリンじゃあないんだよ。」


「はぁ。」


 要はうちのマーリンが偽名を使ってるってことなんだろうか。っていうか、そんなにこだわるとこかそこ?

 話についていくことのできていない俺に不満げな顔を向けながら、マーリンは話を続けようとする。


「あいつの名前は────。」


 マーリンがマーリンの名前を口にしようとしたその時、マーリンの背後の空間が歪み、何者かが姿を現す。そして、その侵入者はマーリンの脳天へと拳骨を振り下ろした。


「久しぶりじゃな、マーリン。」


 今ここに、二人のマーリンが対峙する奇妙な構図が出来上がりつつあった。





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