第57話 女神は勇者の夢を見ない

 相も変わらぬ真っ白な空間。そこで俺はモモと向き合っていた。モモの顔にはマンドラゴラの形の型が赤くついている。


「ぷはっ、俺の負けだ。にらめっこ王の座はお前に譲るよ。」


「いらないし。そもそもやってないわよ、にらめっこ。せっかくの神託を茶化さないでよね!!」


「茶化すもなにもお前がふざけてるからだろ。」


「どこがよ。『世界を救いなさい。』ってやってたでしょ、完全に女神だったでしょ!!」


 モモがもう一度、神託を再現する。後光が差していると錯覚するほどの神聖なオーラ、モモが女神であると再確認するものの、やはりふざけている様にしか見えない。


「いや、急に女神ぶるから嘘くさいんだよ。それに、魔王は勇者に倒されたか、仲間になるかしたんだろ?世界を救う必要なんて無くないか?」


「はぁ、あんた忘れたの?もっと恐いのがまだ生きてるでしょうが。」


「もしかして、バハムートのことか?」


 当然、とでも言いたげにこくりと頷くモモ。その顔には何の疑問も浮かんでいない。


「何で俺がそんなことしなきゃいけないんだよ。俺より強い奴ならいくらでもいるだろ。」


 ラルスローレンの門番の人達でさえ、俺より強そうだったぞ。流石に荷が重すぎる。


「それは……そうだけど。未来の勇者御一行様なんだからそのくらいやってのけなさい。」


「今は焼きマンドラゴラ屋御一行様だけどな。」


「なら、なおさらやってみなさいよ。超マイナージョブが最強のモンスターを倒す、間違いなく伝説に残るわよ。そうすれば私もここか……。」


 途中まで威勢の良かったモモは、急にその口をつぐんだ。その顔は幾らか神妙に見える。


「どうしたんだよ、急に。」


「何でもないわよ。ただ……。」


「ただ?」


「私達がやり残したことを未来の勇者御一行様が果たしてくれるのに期待してるだけ。」


「何だよ、それ。」


 確かに最強と謳われる勇者ならバハムートを倒していてもおかしくない。それとも──

 モモの真意を探る俺の思考は、モモが打ち鳴らした両手の音によって遮られた。


「ま、私はいつでも見てるから、安心して冒険しなさいな。」


「はいはい。何百年かかるか知らないけど、やるだけやってみるさ。」


 ひらひらと手を振る俺を見てモモは微笑む。その顔はいつになく嬉しそうだ。


「勇者の子孫に終焉魔法、おまけに魔王まで仲間なんだから、きっと楽勝よ!!」


 勢いに乗ってきたのか、はつらつとしているモモ。

 ここは俺も『おー!!』とか何か言うべきなんだろうが、それよりも聞き逃せなかった言葉がある。


「魔王?」


「へ?」


 互いに呆けた顔を突き合わせる俺達。やがて、モモは合点がいったのか、淡々とした口調で告げる。


「マーリンっているでしょ、あんたの仲間に。あの子、魔王だから。」


「え?」


 突如として飛び込んできた情報。それを処理できていない俺を放置し、モモは話を先に進める。


「じゃ、そろそろお迎え来たみたいだし、帰ったほうがいいわよ。」


 言われて見れば、身体が光り輝きながら消えていく。意識が覚醒し始めた、ってことなんだろうか。


「今の話って!!」


 食い下がる俺に、モモは話は終わりだ、と言う風に手を振る。


「続きは本人にでも聞きなさい。それじゃ、またね、ツカサ。」


「分かったよ。またな、モモ。」


 視界が光に覆われ、モモの姿が消える。

 どこか暖かな気持ちに包まれながら、俺はマーリンのことを思い浮かべていた。

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