第56話 あぁ……女神さま
深く、深く、沼の底へと沈み込んでいくような感覚。捕らえられているのは意識だから、おかしな表現なんだろうけど。身体がない以上、足掻くこともできない。何もない空間に閉じ込められてただひたすら意識が遠のいていくだけ。
(これは、ほんとに不味いな……。)
だんだん何も考えられなくなってくる。呟いた言葉も瞬く間に頭の中から消えていく。
どれぐらいの時間が経ったのか、自我を保てるかが怪しくなってきた頃。虚無とでも表現すべき空間に声が届く。
「よかった、まだ壊れて無さそうね。」
(あ、ああ?)
それは闇に差した一筋の光のようだった。突然の出来事に、意識の中でさえ声にならない。
どこかで聞き覚えのある声は慈愛に溢れていて、まるで……。
「手、伸ばしなさい。迷える子羊を救うのが女神の役割だもの。」
(め……がみ……。)
めがみ。心当たりのありすぎる単語なんだろうが、錯乱した意識の中でそれを思い出すのは難しい。
彼女を思い出すのは諦めて、言われた通りに手を伸ばす、ように意識する。
「引き上げるわ。衝撃に耐えなさい!!」
(ああああっ!!)
マグロの一本釣りを連想させるような豪快な引き上げ。意識が音を立てて軋んでいる、気がする。
衝撃の強さとは反対に、その長さは一瞬、俺の意識は少し暖かな空間へと打ち上げられた。
「それじゃ話しにくいし、身体も付けてあげるわ。」
響く軽快な音、それと共に意識体だった俺に身体が蘇る。
「おぉ……。」
「ふふん、私に不可能なんかないのよ。」
「そうだな、ってあぁ駄女神……。」
目の前に立つ美女、懐かしいその姿はモモだった。口さえ開かなければ清廉な駄女神、彼女との再会は唐突に訪れた。
「誰が駄女神よ!!せっかく助けてあげたってのに。普通はお礼が先じゃない?」
「はいはい、ありがとうございました。」
「ぞんざい!!もっと、こう、あるでしょ。平伏しなさいよ、女神様の威光に。」
「そもそもの原因は、お前が俺を焼きマンドラゴラ屋として送り込んだからだろ。」
俺の追及に痛い所を突かれたのか、モモは目を逸らし始める。
「それは、仕方ないのよ。そうするしかなかったんだし。」
「いや、でもまぁ。助かったよ。」
「ふふん、そうでしょ。……って、そうじゃないくて。」
「何かあるのか?」
「言ったでしょ、迷える子羊はほっとかないのよ。」
そう言って、人差し指をピンと立てるモモ。そのセリフはどこかで聞いたことがあるような気がする。どうせ、この女神のことだ、誰かのセリフをパクってきたに違いない。
「お前のせいで迷ってるんだけどな……。」
「細かいことはいいのよ。よく聞きなさい、女神らしくお告げをしてあげるから。」
両手を組み、目を閉じるモモ。その姿は絵画の中から出てきたかの如く美しい。その立ち姿に見惚れていると、モモが勢いよくその両目を見開いた。
期待半分、不安半分の俺の視線を受けながら、モモが下した神託とは────。
「マンドラゴラで世界を救いなさい。」
「できるかぁぁぁぁ!!!!!!」
怒りの叫びと共に投げたマンドラゴラは、高速回転しながら、すっきりとした女神の顔へと叩き込まれた。
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