第55話 終焉にはまだ早い【後編】

 課せられたミッションを達成できないまま、クロネと屋根上で過ごすこと一時間。暖かな太陽に照らされて、眠気に襲われれてくる。意識が無に返ろうとし始めた頃、俺はあることに気づいた。


「何見てるんだ?」


「……。」


「下で遊んでる子ども達……か?」


 三角座りのまま、じっと下を見つめるクロネ。その目の先には、街で遊ぶ子供たちの姿がある。彼らに向けられた視線は彼らから離れ、どこか遠くを見据えているような気がする。

 俺の声で我に返ったのか、クロネはこちらを向き、ようやくその口を開いた。


「姉様が言っていました。子は愛すべき対象だと。…………驚愕確認。どうかしたのですか?」


「いや、どうかしたのかっていうか。ちゃんと喋れるのかよ、って驚いてたんだよ。今まで結構メカメカしかっただろ、まぁ今も堅苦しい気はするけど。」


「効率を重視していました。必要ないと判断したからです。」


「そういうとこはやっぱり機械っぽい感じか。」


 コミュニケーションがとりやすいのは兵器に与えられた人格の成長、グシオンとマーリンが未知数と言っていた部分が関係しているのかもしれない。


「…………?」


「いや、いいよ何でもない。」


「では、私から問いを。」


 三角座りを解き、俺に向かってぐいと距離を詰めるクロネ。息がかかる距離まで詰められた顔に意図せず挙動不審になるしかない。


「んっ!?何だ?」


「ツカサ様はこの刀を見ていました。私は問いましたが、その理由を答えていません。」


「あー、なんて言うかな。その刀、ちょっと触らして欲しいなー、みたいな……。」


 こちらを覗く純粋な瞳、それを前にしてだますような真似は少し心が痛む。でも、世界の命運を背負わされている以上、何もしないわけにもいかない。

 良心の呵責に苦しむ俺の様子に気が付いていないのか、クロネはすんなり自分の刀を差し出した。


「姉様が『もしもの時以外は抜くな。』とおっしゃっていました。」


「りょ、了解。」


 俺の手に渡るその寸前、クロネは忠告する。やっぱりこの刀が終焉魔法の媒体らしい。無自覚に震える手を押さえつつ、俺は刀を受け取った。


「重っ。」


 手に渡った刀は見た目以上にずっしりとした感覚があり、これを華奢な少女が持ち歩いていたというのは信じがたい。

 刀の感触を確かめたのも束の間、脳内にお気楽悪魔の声が大音量で響き渡る。


(はいはーい、ザッキーお疲れちゃーん!!ここからは天才無敵のグシオンちゃんにお任せ☆)


(いいとこ取り悪魔の間違いだろ。)


(偉そうだね、これからグシオンちゃんが必死に研究を重ねるっていうのにさぁ。)


(はいはい、頑張ってくれよ。俺にできることは終わったんだし。)


(うんうん、後はクロネちゃんとおしゃべりしてて大丈夫だよー。)


 間延びした声と共にグシオンとの通信は切れる。やっぱり慣れないな、頭の中で会話するのって。

 グシオンとの通信が終わった瞬間、クロネの心配する声が耳に届く。


「ツカサ様は何か奇妙な顔をしていましたが、どうかされたのですか?」


「あはは、暖かいから眠たくなってきただけだよ。」


「それなら良いですが……む?」


 心配のこもったクロネの声は疑問へと切り替わる。その視線は俺の指、特に指輪の部分へ向けられている。


「どうしたんだ、クロネ?」


「危険度上昇……防衛機構起動します……。」


 急に様子のおかしくなったクロネ、その変貌に驚いている俺にグシオンからの通信が入る。


(ザッキー、刀の解析なんだけど……)


(いや、今はそれよりクロネの様子が……!!)


(そっちは置いといても大丈夫。それより気にしないといけないのはザッキーだよ。)


(は?)


(いやぁ、詮索できないように詮索者を捕らえるセキュリティが施されてるみたいでさ。流石に天才だし、グシオンちゃん引っかからないと思うんだけど……)


(だけど……?)


 背筋が冷える。どうして俺だけ毎度毎度こんなことに巻き込まれるのか。


(引っかかっちゃった☆)


(おいおいおい……!!)


(グシオンちゃんは最強だし、セキュリティから逃げられるんだけどぉ。ザッキーも刀に触れちゃってんじゃん?)


(そうだな。はぁ……もういいよ、地獄でも奈落でも連れてけよ。)


 もう投げやりになってもいいだろ。どうせロクでもない場所に連れて行かれるんだし、もう飽きた。

 安寧の日々を断念した俺のテンションとは反対に、性悪悪魔は湧き出る興味関心を押さえきれないらしい。


(ぷぷぷっ、いやごめんごめん。じゃ、行ってらっしゃい。お土産とか買ってきてねー!!)


(これって結構危険な状況だよな……俺はもっと静かに暮らしたいんだよ…………。)


 失意に溺れる俺の意識は深い沼へと引き込まれるように、終焉魔法によって捕らえられてしまった。




























 













































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