第53話 終焉魔法彼女

「のう、其方ら。前に七不思議について話したのを覚えておるか?」


 ある朝、マーリンは唐突に切り出した。その場には俺とレイ、そしてクロネにマーリン、焼きマンドラゴラ屋全員が揃っていた。


「覚えてるって程説明された覚えもないけど……それがどうかしたのかよ?」


「私も覚えているが、何か気になることでもあったのか?」


「記憶領域に損傷──データ参照不可能。」


 俺達それぞれの返答を確認し、ゆっくりと頷くマーリン。そして、その両手をクロネの両肩へと置く。


「クロネは世界七不思議が一つ、。」


「へぇ。」


「そう、か。」


 誰も口を利かないまま広がる沈黙。その静けさは、レイが落としたカップの割れた音で破られた。


「ええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


「うわ、急に大声出すなよな。」


「な、なに落ち着いているんだツカサ!!終焉魔法だぞ。神をも殺しうると言われる神造兵器、各国が喉から手が出るほど追い求める最強の抑止力!!それが、目の前にあって、それに人の形をしているだなんて、これが驚かずにいられるか!!!!」


「あー、うん。俺も驚いて無いわけじゃないけど、さ。スケールデカ過ぎて正直脳が追い付いてないんだよ。」


 もう既にトンデモ人間たちに囲まれている凡人の俺としては、この位で驚いてちゃ身が持たない気がする。

 俺達の反応が一段落ついた所でマーリンは咳払いをして、こちらをちらと見る。


「そろそろよいかの?」


「いいぜ、続けてくれ。」


 俺の言葉を受けて、マーリンは遠くに目を向けながら話を始める。


「終焉魔法自体は余も見た事が無い、小耳に挟む程度の話じゃったからな。じゃから、クロネに初めて出会った時には気付かなかった。」


「気が付いたのは、バハムート襲撃の時。」


「当たりじゃ、レイ。あの時、余とクロネは一緒にいたからの。あやつがこうなるのを目の当たりにしたのじゃ。クロネに起きた変化と同時に、露わとなった気配の異質さで確信した……と言えればよいのじゃろうが、一応心配でな。今までずっとグシオンに調べさせておったのじゃ。」


「マスター、労働基準法って知ってた?」


「む?」


「何でもないですー。」


 

 話題に挙がった悪魔、そのささやかな抵抗は主人に届かなかった。すごすごと引き下がる悪魔の声を聴きながら、彼女が言っていたことを思い出す。


「ちゃんと仕事、やらされてたんだな。疑って悪い、グシオン。」


「分かればよろしいー、なんてね。で、マスター。呼ばれたってことはもしかして説明係かな?」


「うむ、分かりやすく手短に、な。」


「無茶言うよねー。ま、やるけどー。」


 やる気無さげな声と共に俺の薬指、そこに嵌められた指輪は輝きを増し、その上に小さな虚像を作り出した。現れたのは長髪の少女、もちろんグシオンだ。


「じゃじゃじゃじゃーん!!お仕事の報酬で制限なしの顕現が可能となったグシオンちゃんでーす!!どや!!!!」


「虚像じゃけどな。どうでもよいから、ほれ。早くせんか。」


 マスターに軽くあしらわれたグシオンは頬を軽く膨らませながら、説明へと移る。


「はいはーい。マスターの言った通り、クロネちゃんは兵器だよ。構成プログラムみたいな話し方しかしないでしょ。これは兵器に人格を与えて制御しようとした神様の力。だから、神様以外は起動できないようになってるはずなんだけど……。」


「だけど?」


「不思議なことに終焉魔法は彼女一人の判断で発動できるようになってるんだよ。それに、初めて会った時にはちゃんとした人格があった。そしてその影響なのかな、かなり自律した思考を持つようになってるし。正直わけわかんない、叡智の悪魔でもお手上げだよー。」


 その言葉通り、両手を空へと向けて後ろに倒れこむグシオン。その言葉に深刻さは見られない。本当はそこまで真面目に調べてないんじゃないだろうか。


「結局、何にも分かってないってことか?」


「ちーがーいまーす!!グシオンちゃんの能力で絶賛原因計測中だから。それに今のことが分かっただけでも凄いことなんだよ?」


「どういうことだよ?」


 グシオンに投げかけた質問、その答えは横に座るレイから返される。


「ツカサ、さっき言っただろう、終焉魔法は各国が喉から手が出るほど欲しい兵器なんだ。」


「抑止力、だっけ。」


「現在、勇者の一族を守護者として掲げるリュミル王国が、その力を全土に広げているんだ。どんな手段を用いたとしてもリュミル王国が優位に立つ現状を変えよう、と考える国は少なくない。」


「そこで終焉魔法の出番って訳か。」


「そう。終焉魔法さえ手にすれば、一転この世界の頂点に立つことが出来るんだ。」


「あぁ、うん。」


 何だろう、嫌な予感がする。いや、もうこれは確信と言ってもいいかもしれない。


「つまり、終焉魔法の存在がバレたら余達は世界中から狙われるってことじゃな。」


 あえて口にしなかったその先を、マーリンはあっさりと言った。


「どうなっちゃうんだよ、俺の人生…………。」


 どれだけ状況が悪化すれば、運命の神様は満足してくれるんだろうか。いずれ来るかもしれない過酷な未来に向けて、俺が今できるのはバレないように、とひたすら祈ることだけだった。






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