第52話 魔王様はかく語れり

 レイとツカサが貨幣について語り合っていた夜、マーリンは屋敷の屋上にいた。

 豪勢な椅子に腰掛け、片手でグラスを揺らす。そして、そこに貯められた赤い液体をうっとりと眺めつつ、口へと運んでいく。


「うむ。やはり、美酒は一人でたしなむに限るのぉ。」


 誰に言うでもない呟きは夜の闇に呑まれ、消える。


「と、余は思っておるのじゃが。そなたは何しに来たのかの?」


 静寂を取り戻した屋上、マーリンの後方に現れた人影。そこにマーリンは振り向くことなく声をかける。


「久しぶりに会ったんだし、それは冷たいんじゃない?」


「はぁ。そなたの相手は疲れるから嫌なんじゃが。」


「それはお互い様よ。あんたの相手も面倒だから。」


「…………。」


「…………。」


 険悪な空気が漂う。ただ、互いにやり尽くしたやり取りなのか、すぐにその空気は晴れる。


「で、何しに来たのじゃ?」


「逆に何だと思う?」


「見に来たんじゃろ、あの阿呆を。」


「そうね。適当に送り出しちゃった手前、気にはしてたのよ。」


 気にはしてた、とは言うものの、その言葉からは深刻さを感じられない。


「じゃから、待ち構えておったのか。この街で。」


「そうそう。あの子もここにいるし、懐かしかったのよね、ここ。」


「そう……じゃな。」


「だから、頼んだわよ。」


 唐突な頼み、しかしそれをマーリンは予想していたかのように問い直す。


「何を頼むんじゃ?」


「分かってるんでしょ。あの子達のこと。」


 たしなめるように投げかけられた声にマーリンはため息をつく。


「マンドラゴラ阿呆にアーサーの阿呆の子孫、それと不完全な兵器。流石の余もドン引きのラインナップじゃけど。」


「あはは、それは私のせいじゃないわ。ツカサは確かに私が送り込んだけど、他は運命みたいなものよ。」


「胡散臭いのぉ。」


 どちらが先だったか、笑い始める二人。しばらく夜空に声を響かせた後、吐息と共に会話を再開する。


「じゃ、任せたわよ。」


「うむ、任された。」


 軽い音と共に打ち交わされるハイタッチ。その乾いた音が消える頃には、その人影はマーリンの側から姿を消していた。

 人影が居なくなった事を確認した後、マーリンは椅子へと深く腰掛け、息を吐く。


「想い出に浸るのもたまには悪くない。」


 独り呟き、椅子から立ち上がる。空は青白く、世界に光が差し始めていた。

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