第50話 勇者の物語

 森で一息ついてから少しして、レイが懐から小さな本を取り出した。表紙に可愛いらしいイラストと題名が書かれた絵本。

 やっぱり、この世界の言語は日本とは違うみたいだ。全く読めない。


「それ、何の本なんだ?」


「ふふ、よく聞いてくれた。これは勇者様の冒険が書かれた書物なんだ。」


 嬉しそうにその本をなでるレイ。何の変哲もない本に見えるけど、思い入れでもあるんだろうか。


「絵本に見えるけど……。」


「私はこれがお気に入りなんだ。」


「へぇ。どんな話か聞かせてくれよ。」


 勇者、アーサー・リュミエール。名前はよく聞くけど、どんな冒険を繰り広げたのかはまだ知らない。常識っぽいし、知っておいて損はないだろ。


「アーサー様には四人の仲間が居たんだ。」


「駄女神と、じゃない方のマーリン以外に?」


「じゃない方はむしろあのマーリンなんだが……まぁいい。後は竜騎士様と無名様だ。」


「ええっと、後の二人だけ名前適当じゃないか?」


 無名に関しては名前ですらないし、竜騎士はもうただの役職だろ。ちゃんと名前載せてやれよ。


「そ、そんなことない!!竜騎士様はどの作品でも名前が明かされない謎めいたお方なだけだ。それに、無名様の名前だけは暗号で書かれていて読めないんだ。記号の様なものも付いている、私には読めないが、一味違うだろう?」


「ああ、そうだな……。」


 レイが誇らしげに見せてきた絵本の中には確かに『竜騎士』らしき文字と『無名』の名が刻まれていた。レイが読めなかった暗号、それを何故か俺は読むことができた。


「こいつは完全にこっちの世界から来てるな……。」


 メンバー紹介の部分で思いっきり浮いている『♰邪眼♰』の文字。唯一日本語で書かれた文字は厨二ハンドルネームだった。


「どうかしたのか?」


「いいや。シンパシーを感じてただけだよ。」


 異世界にきて更に厨二病をこじらせたパターンなんだろうか。ネット上なら良くてもできればリアルで会いたくはない人間の匂いがする。


「ふうん、そうなのか。で、彼らはありとあらゆる街を訪れ、そこで起こるトラブルを解決していく。そして、魔王との決戦に挑むんだ。」


「えらく端折るんだな、大事そうなとこ。」


「しょ、しょうがないだろ。この本にはそこまで詳しく書かれていないんだ。」


 レイが持つ本は十ページくらいしかない小さな本。それに情報を詰め込め、という方が無理なのかもしれない。


「まぁ、絵本だし、しゃーないか。で、魔王倒してハッピーエンドって感じか?」


「ふふん、実はそうじゃないんだ。勇者のパーティーは、」


「魔王と仲良くなって争いを収めました。めでたしめでたし~。」


 自信ありげに結末を言おうとしたレイの言葉は重ねられた言葉に先を越される。

 このちょっと腑抜けた声、間違いなくフォクシリアだ。


「フォクシリアさん、何しに来たんですかって……あ。」


「せっかく私が気に入ってるこの本だけの終わり方だったのに……あ。」


 振り返るとそこには確かにフォクシリア。しかし、そこに居たのは彼女だけでは無かった。

 フォクシリアの後ろ、怒りに肩を震わせる少女はゆっくりとこちらに近づいてくる。


「帰りが遅いと思って見に来てみれば……。二人でイチャつきよって……。これはその罰じゃっ!!!!」


 マーリンによって振り下ろされた拳骨。こだまする音が、休憩の終わりを告げていた。

 


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