第48話 始まる異世界営業生活【後編】

 狂乱の宴から数時間。屋台の周りは死屍累々、住民達がそこらじゅうで酔いつぶれていた。マンドラゴラの刺激を酒で打ち消そうと大量に飲んだのが原因だろう。


「あはは、もう飲めない……。」


 それは聖女様も例外じゃない。この場にいて酔い潰れてないのは、アルコール抜きの俺と屋台の喧騒からクロネを連れて逃れたマーリン、そしてもう一人。

 屋台のカウンターに現れたベリーニは周りを見渡しつつ、席についた。


「見事に皆さん酔いつぶれてますね。」


「ベリーニさんは飲まなかったんですか?」


「誰か素面の人間がいないと困りますから。フォクシリア様は間違いなく飲んじゃいますし。」


「それはそう、ですね……。」


 何かあるわけでもなく、そこで会話は途切れる。風もなく、気温もちょうどいい、酔っ払い達の奇声が聞こえること以外は穏やかな夜。

 俺が何となく気まずい空気に耐えられなくなった頃、ベリーニが唐突に口を開く。


「この街はどうですか?」


「いい、と思いますけど。…………酔っ払いが多過ぎるところを除けば。」


「あはは、それは仕方ないです。ここはそういう街ですから。それより、これからどうするんですか?」


「え、何も決めてませんけど。」


 まさか俺も失楽園パンデモニウムが無くなるなんて思っても無かったことだ。これからどうするかなんて全く決めてない。

 頭を悩ませる俺をベリーニは覗き込み、僅かに微笑む。 


「そうですか。それなら、しばらくはこの街に滞在されたらいかがでしょう。」


「いいんですか?」


「ええ。衣食住はこちらで手配するので、ぜひ。」


「そんなうまい話、ありますかね。」


 身元のしれない四人全員の衣食住を確保してくれるなんて、流石に都合がよすぎる。警察とかが来るまでの足止めだったりしないだろうか、もしくは何か危険な実験の被検体にさせられるとか。


「ぷっ、大丈夫ですよ。取って食ったりはしまs……きゃっ!!」


「いつの間に……。」


 悲壮な思考が顔に出ていたのか、ベリーニはからかうように笑うと、俺の危惧を拭おうとした。が、それは背後から抱き着いたフォクシリアによって中断された。

 フォクシリアはあっという間にベリーニを締め落とすと、優しく地面に降ろし、俺の前に立った。


「ふぅ。危ない危ない。聖女の仕事無くなっちゃうところだったよ。」


「だからって締め落としますかね、普通。」


「私は特別だからいいんだよ。それよりさ、解決とは言わないけど糸口くらいは掴めたでしょ?」


「ええと、何のです?」


 藪から棒に、一体何のことを言っているのか分からない。

 いまいちピンときていない俺に、フォクシリアは珍しく落胆したような表情を見せる。向けたことはあっても向けられたことは無い表情、何だか不思議な気分だ。


「ええ……。戦い方だよ、君の。」


「戦い方。」


 反芻しただけだが、フォクシリアは満足そうにうなずいた。


「そう。私や君の仲間は君よりうんと強い。」


「そうですね。」


「でも、今日の食糧問題を解決することはその誰にもできない。」


「そうですか?」


 フォクシリアの言わんとしていること、分からなくもないが、マーリン辺りは簡単にどこかから食料とか取ってきそうだけどな。

 

「そうだよ。君以外が食料を調達できるなら、君は今までマンドラゴラを食べずに生活できていたんじゃないかな?」


「確かに……。マンドラゴラしか食ってないな……。」


 言われてみれば、マーリンにそんなことができたなら失楽園パンデモニウムで毎日マンドラゴラ料理を食べないといけない、なんてことも無かったはずだ。


「力を使えば、その多くは何かを奪うことになる。もちろん、自分や仲間の命を守るためなら仕方ないよ。でも、力で奪われてしまったものは二度と元には戻らない。だからこそ、できる限り力は誰かに優しくするために使って欲しいんだ。幸い、君の能力はそれができる。」


 いつになく真剣なフォクシリアの言葉、その端々に感じる確かな説得力。常に陽気な彼女が見せた一瞬の憂い、それが頭から離れない。


「血を流して、流させるだけが戦いじゃない。誰かを癒す、守ることだって戦い方の一つなの。ひっく、分かった?」


「俺の戦い方……。」


「まぁ、いつかは剣を取らなきゃいけない時もくるし、こういう考え方が全てじゃない。こういう選択肢もあるって覚えてて欲しいだけ。これからどうするかはこの街でじっくり考えたらいいよ。だって今日、楽しかったでしょ?」


「そうですね。……とても。」


 屋台の周りで酔いつぶれた住民達へと目をやる。皆、幸せそうな顔をして眠っている。その役に立てた、それだけで俺まで頬が緩んでしまう。

 そんな俺の様子をじっと見つめていたフォクシリアは鼻歌を歌いながら、背後からワインを取り出す。栓の詰まった口はこちらを向いている。……悪寒がするのは気のせいだろうか。


「それじゃあ、ツカサ君達の入居を祝ってかんぱーい!!」


 上機嫌なフォクシリアはその矛先が俺に向いていることに気が付いていないのか、そのまま栓を抜いた。当然自由を得たコルクは俺へ一直線に向かってくる。


「やっぱり…………。」


「あっ…………。」


 フォクシリアがようやく気が付くももう遅い。既にコルクは螺旋を描きながら、俺の額へとめり込み始めている。


「やっぱり俺の異世界生活は間違ってるだろ……。」


 それだけ言い残し、俺は勢いに負けて地面へと倒れこんだ。

 まぁ、こんなぐだぐだな感じで俺の異世界営業生活が幕を開けた。


 


 



 



 

 


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