第47話 始まる異世界営業生活【前編】

 住民達の歓声を受け、訳も分からないまま壇上に立たされた俺は茫然としていた。


「ええと、俺は何でここに呼ばれたんですか?」


「それはぁ…………。」


 フォクシリアは相当酔っているのか、話し方が甘ったるくなってきている。そんな彼女の声を遮るように、舞台の最前列に座っているおっさんが声をかけてくる。


「おう、兄ちゃんが美味いつまみを作ってくれるってホントか?」


「聖女様のお墨付きなら間違いねぇ!!」


 次々に頷いていく老若男女の酒飲み達。……冒険者の街っていうより酒飲みの街だろ、ここ。


「は?」


 何を期待されてるのか分からないが、俺の知らない所で話は進んで行ってしまっているらしい。

 首をかしげる俺に、いつの間にか舞台に腰をおろしたフォクシリアはようやく説明し始める。


「いや何、バハムートの攻撃で食糧庫やられちゃってー。お酒は私の魔法で無限に用意できるんだけど、食べ物は無理なの。だーかーらっ、今日の『皆の無事を祝う会』で食べるものがありません!!」


「あのクソドラゴンめ……。」


「もう少し早く分かっていればな……。」


 もっと凄い情報がフォクシリアの口から漏れていたような気もするが、住民達は恨みのこもった眼を空へと向ける。


「で、俺の出番ってわけですか。」


「そうそう。だからさ、焼きマンドラゴラ屋の実力、ここで見せちゃってよ。」


「いいですけど、ここじゃ無理ですよ。」


 ここで調理でも始めようものなら、バハムート襲撃で出なかった被害を俺が出すことになる。

 それを言い訳に撤退しようとした俺だったが、その目論見は背後に現れた少女によって阻まれる。


「そこは余に任せるが良い。」


「Zzzzzzzzzzz。」


「マーリン、いつの間に……ってどうなってんだそれ。」


 自信ありげに胸を張るマーリン。その背中にはクロネがもたれかかり、寝息を立てていた。この状況からして、酔っ払いを介抱する子どもにしか見えない。


「『任務終了、電源切断します。』とか言ったっきりこうじゃな。」


「意味分からん。そろそろちゃんと話してもらうからな。」


 何気無いことのようにマーリンは言ってのけるが、やはり何か隠しているのは間違いないだろう。

 釘を刺されたことが気にくわないのか、マーリンは少し頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。


「ふん、言われずとも分かっておる。じゃが、今はそれより調理じゃろ?」


「そうなんだけどさ、調理器具とかも無いし……。」


「そう言うと思って、な。ほれ。」


 愚痴るようにこぼした俺の言葉に、待ってましたと言わんばかりの笑みを見せるマーリン。そして広場の空いたスペースへと目をやり、指を軽く鳴らす。すると、広場に突如として屋台が現れる……それも見た事のある屋台が。


「こ、これ、俺がここに来た時の屋台!!残してくれてたんだな、ありがと。」


 てっきりバハムートの襲撃で失楽園パンデモニウムごと消えてなくなってしまったのかと思ってた。曲がりなりにも女神からの贈り物、俺の最初の仲間を失わないで済んでよかった。


「うむうむ。防音の方も余に任せて、其方は早く調理に取りかかるがよい。」


「おう、任せとけ。」


 マーリンが屋台を囲むように透明な壁を作りだしたのを見届けてから屋台の裏へと向かい、マンドラゴラを生成して引き抜く。


「──!!────!!」


「久しぶりだな、こうやって屋台使って調理すんのも。」


 俺には心地よく聞こえる声で叫ぶマンドラゴラに包丁を入れ、焼きマンドラゴラを作り始める。

 スパイス系マンドラゴラも作りたい所だが、量を作るとなると、質の方に目をつぶらないといけないのが俺の限界だ。つまりはまぁ、何が言いたいかっていうと、この焼きマンドラゴラには味が付いてない。俺がダンジョン最深部に居た頃の味、土の味と強い苦みが口の中を蹂躙する味だ。


「これでよしっと。」


 全然よくは無いが、住民全員分まかなうとなるとこれしかない。あれから練習を重ねて毒素の類もほとんど取り除けるようになったし、安全…………なはず。

 まずは一人分、皿にのせて屋台から出る。外ではマーリンが腕組みをして待っていた。


「む、完成か?」


「あぁ、ありがとな。おーい、フォクシリアさん。できましたよ、焼きマンドラゴラ。」


 俺の返事を聞いたマーリンは防御壁を解除する。それが解けた頃を見計らってフォクシリアに呼びかける。

 呼びかけてすぐ、意気揚々と駆けつけたフォクシリア。その目は爛々と輝いている。


「よし、それじゃ代表して頂いちゃいましょうか。」


「味の保証はしませんけどね。」


 勝手に期待されて勝手に失望されるなんてたまったものじゃない。自分で言うのも何だけど、美味しくは無い。これだけは最初に言っておかなくちゃならない。


「毒の類ならこの聖水を飲めば大丈夫だし、心配しなくていいよー。いっただきまーす。」


 心配ご無用、とひらひらと手を振りながらフォクシリアは焼きマンドラゴラを口へと運んでいく。一切れを噛み、飲み込んでなお、フォクシリアは無言を貫いている。


「どう、ですか?」


「…………。」


 黙って口に酒を運ぶフォクシリア。喉が軽く音を立てた後、酒瓶を勢いよくにテーブルに叩きつけ、ようやくその口を開く。


「いけるかいけないかで言えば…………………いける。」


 この街一番の大酒呑みフォクシリア、彼女がこぼした言葉は人々の食欲と好奇心を刺激し、焼きマンドラゴラへと駆り立てた────!!


「お、俺にもくれっ!!」


「俺も食べたくなってきた!!」


「私も!!」


「わしにもくれんか……!!」


 老若男女、住民達全てが屋台へと押しかける。フォクシリアの一言を冷静に考えると、『なしよりのあり』みたいな感じで全然褒めて無かった気がするんだけど、こんなに食い付いて大丈夫か?


「はは、大盛況じゃな。」


 人の波を避け、一足早く屋台の屋根上へと移動したマーリンがてんやわんやする俺を見て笑う。笑ってないで手伝ってくれると嬉しいんだけどな。


「みんな死なないでくれよ……。」


 悲壮な声をあげる俺。大丈夫かと心配する胸の内、でもどこかでこの状況を楽しみ、満足している俺がいるのもまた事実だった。

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