第44話 聖女様の実力【後編】

 マンドラゴラが泣き止んだ後、門の前には息絶えたウェアウルフ達が横たわっていた。殴りかかってこられてたら終わってたけど、やはり先手必勝。やられる前にやれば問題ない。


「って、忘れてた。」


 マンドラゴラの攻撃にフォクシリアも巻き込んだんだった。バハムートの仲間の次は聖女殺しとか呼ばれるのはごめんだ。

 生きていてくれと願いながら振り向いた俺の瞳に映ったのは、相変わらず横たわりながら酒を飲むフォクシリアの姿だった。


「あっはは、結構やるじゃーん。」


「そっちも無事みたいで何よりデス。」


「心配してなさそうだね、全く。」


「いや、何があっても無事そうだなーって思っただけですから。」


「いやいや、そんなことないよ。ひっく、それより私とおしゃべりしてて大丈夫?」


「え?」


「君に新しいお客さん来てるよ。」


 そう言ってフォクシリアが指さしたのは俺の背後。振り向くと目と鼻の先に大きなイノシシが居た。日本じゃ見た事の無いサイズ、流石異世界。


「ブフゥ……。」


「って、感心してる場合じゃないよな、これ。」


 静かにこちらへと狙いを定めるイノシシ。マンドラゴラでも作ろうものなら、その瞬間に飛び掛かられて死ぬこと間違いなし。勝てないだろ、これ。

 そっと一歩後ずさりし始めた俺の耳にやはり呑気な酔っ払いの声が届く。


「私の力が必要かーい?」


「逆に必要じゃないとか、あります!?」


「よし来た、下がってなよツカサ君。」


「下がる、ったって下がれないんですけど。」


 俺は今すぐにでもここから逃げ出したいが、目の前のイノシシがそれを許してはくれない。隙でも見せようものなら、飛び掛かられて一瞬でミンチだろう。


「ひっく……しょうがないなぁ。いくよ、『転転天地』。」


 危機的状況においてもやはり酒瓶に口をつけるフォクシリアは俺の声に応え、呪文めいた何かを唱える。

 声が聞こえた直後、フォクシリアは俺の少し前に現れる。フォクシリアの前には巨大イノシシ、そして俺は門の下。…………あれ?


「入れ替わってる?」


「うんうん、これが私の魔法。どう?一瞬だったでしょ?」


「確かに一瞬だった……けど。」

 

 それ、さっき使ってくれたらよかったんじゃね? という心の声を必死に抑える。今はそんな事をしている場合じゃない。肝心の問題が片付いてないから、巨大イノシシという問題が。


「んじゃ、そろそろ始めようか。」


「ブフフフゥ……!!」


 いくらか真剣さを纏わせたフォクシリアの声に、イノシシは後ずさり、臨戦態勢に入る。徐々に短くなる砂蹴る足のペースは開戦までのカウントダウン、だというのに。


「あー、最後の一滴が中々流れてこない……。」


「何してるんですか?」


「見てわかるでしょ、待ち構えてるのよ最後の一滴を。」


「はあ。」


 自分が始めると言い、相手が臨戦態勢に入っているにも関わらず、フォクシリアは酒瓶をラッパ飲み。しかも、最後の一滴の為にと奮闘するその身体は地面と直角を成していた。その姿勢に耐え切れず、フードが脱げ、金色の両耳がまたも姿を現す。

 そんなことを相手が待ってくれる筈も無く、イノシシは勢いよくフォクシリアへと飛び掛かった。


「ブフフゥゥァァ!!!!」


「…………来た。」


 絶賛ラッパ飲み中の聖女は静かにそれだけ呟くと、瓶を手放し、眼前に迫ろうとするイノシシめがけて手をかざす。


「『酒酒醜乱』。」


「ブファァァァッ!?…………フゥ……フゥ。」


「止まった?」


 先程までの勢いはどこへやら、フォクシリアの詠唱を聞いたイノシシは見当違いな方向へと突撃し、その動きを止めた。死んではいないようだが、その目は固く閉ざされている。 

 見えていたのに、何が起きたのか全く分からなかった。やっぱりだらしないように見えて凄い人だったみたいだ。


「凄いじゃないです……か?」


 フォクシリアに向けた言葉は途中で止まってしまう。それもそのはず、俺の目の前に居たのは正真正銘の聖女様だったからだ。何を言ってるか分からないと思うが、俺も何を言ってるのか自分でもよく分からない。


「どうされました?さぁ、帰りましょう。」


「はい、フォクシリア様。」


 明らかにさっきまでの酔っ払いとは纏ってる神聖なオーラの桁が違う。敬称をつける気が無くても付けてしまう、清廉さがある。

 これだよ、これこれがファンタジー世界の聖女様だろ、そんな思いを抱えながら、俺達は街へと戻ることにした。

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