幕間2 それでも勇者様はチートです


 『マンドラゴラを食べれば、いつでもスキルを使えるようになったんだ。せっかくだからもっと私が勇者の血筋である証明をしようじゃないか。』


 そんなことを言い出したレイを失楽園パンデモニウム、その庭園に腰を下ろして見守っていた。魔法の威力を考慮した結果、俺達は横からレイを見守もる形だ。


「これが炎魔法。」


 軽く突き出された手のひらに中ぐらいの炎が宿る。


「そしてこれが水魔法。」


 続いて現れた水の球が炎を消し去る。


「ここに追加で風魔法!!」


 後から現れた小ぶりな風の渦が跡形もなく水滴を弾き飛ばす。


「更に光魔法!!」


 回転する風の渦は光を纏い、その勢いを更に増していく。


「最後に……闇魔法!!!!」

 

 すると、手のひらから黒々とした影を纏った獣が現れ、輝く渦を勢いよく飲み込み、消える。

 一連の五属性魔法連続使用を経て、レイは俺達の方へ目線を合わせてくる。その顔は自信に満ち溢れている。


「見たか……これが勇者の実力だ!!」


「初級魔法なんだろ、全部。」


「なっ!?」


 予想だにしない反応だったのか、驚いたレイは軽くのけぞった。

 褒めるとか称えるとかしてほしいんだろうが、そうはいかない。今のなら俺でも何とかなりそうだし。そんな簡単に褒めて調子には乗らせないぞ。


「この前の剣みたいに、もっと凄いの見せてくれよ。もしかして、光魔法以外は上級魔法使えないんじゃないか?」


「ふ、ふふふふ。」


 揺さぶりをかけたつもりだったが、レイは余裕の笑みを浮かべたまま。その顔はいつになく得意げだ。


「なんだよ。」


「今のは準備。言っただろう、私の実力を証明すると。……でも褒めてほしかったんだけど。」


 最後の方、ごにょごにょと何かつぶやいた後、レイは元の姿勢に戻り、目の前の広場へ両手をかざす。

 レイの言葉の真意が掴み取れずにいると、横に座るマーリンが話しかけてくる。


「のう、ツカサ。」


「ん?」


「この世界でリュミエール家の人間にそんな軽口を叩ける人間はそなた位なものじゃ。」


「どういうことだよ。」


「そりゃ、見りゃわかるよ。」


 俺の問いには答えないマーリンの代わりに、同じく横に座っているクロネが口を出す。

 そこまで凄いのかよ、リュミエール家って。未だにここの三人以外と触れ合ったことのない俺にとってはちんぷんかんぷんな話だ。

 そんな戦々恐々とする俺をよそに、レイはその口を開き、詠唱を始める。


「精霊よ、リュミエールの名に、この魔力に応え、その力を貸したまえ。」


 精霊へ呼びかけたレイの目の前には巨大な五つの魔法陣が出現した。


「紅く燃ゆる焔よ、その熱をもって大地を焦がせ。」


「蒼く流れる水よ、その癒しをもって大気を潤せ。」


「疾く震える風よ、その激しさをもって天空を裂け。」


「閃く魅せる光よ、その輝きをもって闇夜を照らせ。」


「昏く射きる闇よ、その妖しさをもって常世を呑め。」


 レイの言葉を受け、五つの魔法陣はそれぞれ、火炎、激流、暴風、閃光、常闇を纏う。

 そんな神々しい景色を前にしているというのにレイは落ち着いたまま、加えて口ずさむ。


「勇なる力、その全てをもって魔を打ち払うっ─────ふぅ。」


 そうしてレイは強大な魔法、その名を呟く、その寸前で止めてしまった。魔法陣もそれに合わせて展開を止めていく。

 魔法を撃ってもいないというのに、既にレイはやり切った、というような顔をしている。


「どうしたんだよ、レイ。」


「これは魔を絶つ魔法、むやみに撃たないのが先祖代々の教え。この魔法はまたいつか見せるさ……多分。」


「ていうか、撃ってたらここもどうなってたか分かんないだろ。」


 キメ顔を見せるレイに冷静にツッコむクロネ。

 ここが消し飛ぶってどれだけの威力なんだよ。流石にそれはありえないだろ。


「まぁ、耐久面は余が何とかするが……いや、どうにもならんか?」


 考え込んだ挙句、恐ろしく不安なことを口にするマーリン。


「そこまでなのかよ、レイの魔法。」


「そこまで、なんて……えへへ。」


 俺の疑問に対して勝手に照れるレイ。褒めてるのか……これ。

 こちらを覗くクロネの顔を見る限り、常識レベルの知識みたいだ。


「そりゃそう、あのリュミエール家だからな。」


「リュミエール家だろ、知ってるぞそれくらい。」


 勇者の家系で、魔物に弱くて…………後何だっけ。


「その顔は完全に知らん顔じゃな。仕方あるまい、余が教えてやろう。」


 リュミエール家、魔王を倒し、世界に平和をもたらした英雄アーサー・リュミエールから続く家系。五属性全てにおいて上級魔法を扱い、同時発動さえ可能にするほどの魔力を持つ、『最強の種族』。アーサーが受けた呪いにより、彼らの『魔』に対する力は皆無と化したが、『人』に対してその力は健在。未だに王都守護の頂点に立っている、そうマーリンは告げた。


「その五属性全て、って言うのがそこまで凄いのか?」


「普通の人間が扱えるのは一属性のみ。それを五属性、しかも同時使用なんてこの世界で出来るのはリュミエール家だけじゃ。天才と言われる類の人間でもせいぜい三属性がやっと、じゃろうからな。」


「ふふふ、それほどでも……。」


「ったく、とんでもない奴ばっかじゃねえかよ。」


 ダンジョンのラスボスに、最強の血筋を引く自称勇者、確かに探しても見つからないような組み合わせ。でも、それを言うなら、たった今そのセリフを吐いたクロネからも似た雰囲気を感じる。


「お前がそれ言うのかよ、クロネ。」


「だから猶更気になんだよな、お前が何者なのか。」


「はぁ、俺?」


「そりゃそうだろ、お前以外に誰がいるって言うんだよ。」


 何者か、なんて改めて聞かれた所で返せる答えは一つしかない。


「俺は焼きマンドラゴラ屋だし。」


 あの駄女神様からもらった、いや押し付けられたマイナージョブ。皮肉なことに唯一無二のこのジョブが俺を表す代名詞になってしまっている。

 俺の答えに納得できなかったのか、クロネは足を解き、地面に寝転がった。


「はぁ、やっぱ訳分かんないなお前。」


「そんなこと言われたってなぁ……ん?」


「もうよいじゃろ、今日はこの辺でお開きにしようではないか。」


 クロネへの俺の反論はマーリンの声で中断され、そのままレイの実力証明会は終了となった。






 



 


 


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