断章 失楽園備忘録
幕間1 夜に歩く
あれは確かいつの事だったか、確かあれは星が煌めく静かな夜。中々寝付けなかった俺は、気晴らしに
「退屈だな……。」
グシオンは自分が出てきたいときにしか出てこないし、他の面々はもう寝ついている。マンドラゴラでも引っこ抜いて遊ぼうか、とも思ったが、そんな事をしたら始末されかねない。この中で俺は最弱、いや焼きマンドラゴラ屋なら地上でも最弱かもしれない。
考え事に熱中していた俺は、目の前に立っていた人間に気が付かなかった。俺は何やら硬い背中に激突した。
「ん!?」
「何してんだよ、ツカサ。」
「それはこっちのセリフだ、クロネ。」
相変わらずの奇抜なファッションに鋭い眼光、目の前に立っていたのはクロネだった。人の事は言えないけど、こんな夜更けに何してるんだコイツ。
「アタシは空、見てたんだよ。」
「空?」
「上手く言えないけど、さ。繋がってるだろ、空は。」
そう言った後、クロネは庭園に腰を下ろし、空を見上げた。俺もまたその横に座って、星に目を向ける。
「意外にロマンチストなんだな。」
「茶化すなよ、バカ。」
「ま、世界共通だよな、そういう認識は。」
そうして黙って二人、空を見ている内に時間が経っていった。瞬く星々、名前の分からない彼らの輝きを目に焼き付ける。地上に着いたら天体に関する本を買うのもいいかもしれない。……そういや、今の季節がいつかも分かってないな。熱くも無いし、寒くもない、春ぐらいか?
「なぁ、起きてるか。」
肌寒さと眠気を感じ始めた頃、クロネが唐突に口を開く。
「起きてるよ。」
「そっか。」
「何だよ。」
「ちょっと聞きたいこと、あったんだよ。」
「スリーサイズ以外なら何でも答えてやるよ。」
いつになく真剣な空気に耐えられず、軽口をこぼす。しかし、クロネは全く気にする様子は無い。
「じゃあ聞くけど……」
「いや、突っ込めよ!!」
何か空気読めてない奴みたいで、無性に恥ずかしかったわ。いや、そうなんだけどさ。
「うるさい。話聞く気あるなら、黙って聞け。」
「はい、すみません。」
当たり前だが、俺の冗談は気に食わなかったらしい。
反省した俺を確認すると、クロネは話を再開する。
「なぁ、人の心は変えられると思うか?」
「それはどういう?」
「育ってきた環境で身についた性格や考え方は簡単には変えられない。でも、大切な人との触れ合いがそれを変えてくれる、そうは思わないか?」
「それはあるかもしれないけど……俺には経験がないな。」
「そうか。」
俺の返答にクロネは少しうなだれたようだったが、すぐに持ち直し、その顔に優しい笑みを浮かべる。
「アタシは、さ。あんたらに会えて良かったって思ってるんだぜ。」
「どうした急に。」
真面目な空気、というよりシリアス方面に流れて行ってないか。大丈夫か、これ。
内心慌てている俺をよそに、クロネは立ち上がる。そして、数歩先まで歩くとこちらに振り返った。
「だから私のこと、頼んだ。」
そう言ったクロネの姿はどこか儚げで、宵闇に呑まれてしまいそうだった。
そんな想像を振り払って、俺もまた立ち上がる。
「これからもよろしくってことか?」
「ま、そういうこと。」
星々の見守る夜、俺達はようやく部屋へと歩き始めたのだった。
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