第38話 全てを主に捧げます
ベリーニの案内でラルスローレンを巡る。中規模の街で、中世ヨーロッパ風の建築、と言いたい所だがその大半が崩れていて判断がつきにくい。
やがて俺達は、綺麗に保たれた広場とそこにそびえ立つ教会の前へと出る。赤レンガの壁には所々に小麦色のレンガが混ぜられて、その清廉さをより引き立てている。
「ここが、ラルスローレン大聖堂。主の御加護によって傷一つ付いていません。」
「主……。」
日本にあるような教会だけど、祀られてる神様は違うんだろうな。今はただ胡散臭い神様じゃないことを祈るしかない。
「聖女様、ただいま戻りました。」
重々しい音を立てながら開いた扉の先、俺達が目にしたのは避難してきた人々。皆、ベリーニの顔を見て安心した様な笑みを浮かべる。
「ベリーニさん、あんたも無事だったんだな。」
「ベリーニちゃんが無事で良かったねぇ。」
「流石、あの聖女様の右腕だな!!」
次々とベリーニへ詰めかける人々。彼女がどれだけ街の人から愛されているのかが感じられる。
「あはは、ありがとうございます。ところで、その聖女様はどちらに……?」
そんな住民達の圧に圧されながら、ベリーニは聖女の姿を探す。
俺も釣られて周りを見渡すが、それらしい人は見つからない。ベリーニが修道服を着ているところから考えると、その聖女様も修道服を着ているんだろうけど。
すると、ベリーニに問われた老女は気まずそうに口を開いた。
「聖女様なら……私らを守る為に屋根上にいらっしゃるかと…………」
「あちゃー。やっぱり……。」
想像通りの答えだったのか、ベリーニはその手を額に当てる。既にその目は天井へと向けられている。
いや、ちょっと待て。何で屋根上に居るんだよ、聖女様。……まぁ、バハムートからの襲撃から教会を守る為なら屋根上に居てもおかしくないか。疲れてるだろうし、こちらから迎えに行った方が良さそうだ。
「じゃあ、屋根上に行くか。」
「あー、それはちょっと困るというか……。」
その理由を尋ねようとした俺の肩をレイが掴む。
「ツカサ、ベリーニさんが困ってるだろ。その辺で止めておくんだ。」
「その気遣いじゃが、余の予想からすると意味ないと思うがの。」
レイの背後からマーリンがあきれ顔で現れる。マーリンのこの反応、何だか聖女様に対する雲行きが怪しくなってきたんだが。
「頭上、一名確認。」
マーリンの横に立つクロネもまた上を見上げ、呟く。ったく、いつになったら戻るんだ、クロネは。
「ええと、私が連れて来るので、もう少しだけ待っていてもらえませんか……。」
俺達のバラバラな意見、それでもベリーニは不味いと思ったのか、後ろ足で教会の外へと出ていった。
「皆さん、お待たせしました!!」
それからしばらくして、再び教会の扉が開いた。ぎこちない作り笑いを浮かべるベリーニの後ろには、同じく修道服を着た銀髪の女性が笑みを浮かべて立っていた。
「ええと、皆さん、紹介します。この方がラルスローレンが誇る聖女、マリア・フォクシリア様です。」
ベリーニの鮮やかな桃色の髪とは対照的な落ち着いた色の銀髪に儚げな印象を感じさせる顔立ち、その高い身長は彼女のスタイルの良さをより際立たせている。
「……。」
ベリーニの紹介があってなお、フォクシリアは微笑を浮かべたまま微動だにしない。ベリーニは、そんな口を開かないフォクシリアの背中をぐいぐい押して教会の外へと出て行こうとする。
「あは、あはは、フォクシリア様は無口なお方なので、今日のところはこの辺りで失礼して……。」
「いや別にそこまでしなくても……。」
「…………す。」
ベリーニを止めようとした時、僅かにフォクシリアの口が動く。その両手はいつの間にか口の前へと移動している。
すっかり蒼ざめた顔面に、口を押えるような体勢。何だろう、嫌な予感がするのは俺だけだろうか。
「あの、どうかしたんですか?」
「……り。……す。」
「フォ、フォクシリア様!?だ、駄目ですからね?」
制止も空しく、フォクシリアはベリーニの両手から逃れ、教会の扉をおもむろに開く。…………この光景、どこかで見た事ある。
「もうむり……りばーす!!」
上半身を教会の外へ出したフォクシリアは、そう叫んだ後、盛大にモザイクがかかりそうな虹色の液体を吐き出した────
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