第35話 空中問答【後編】

 相も変わらず空の上、俺はマーリンに問いかける。

 

「クロネが何でこんなことになったか、マーリンは知ってるんだよな。」


「そうじゃな。余は大体分かっておるつもりじゃが……」


 そう言って口をつぐむマーリンの顔はいつになく険しい。どうやら事態は俺の想像よりも深刻なようだ。


「じゃが?」


「いや何、当事者でもない余があれこれ言ってしまうのも、どうかと思っての。乙女の秘密に無断で立ち入るのはナンセンスじゃろ?」


「確かに、寝てる間に色々知られてるってのもあんまり気分良くないな。」


 誰にだって秘密にしたいことはある。それはもちろん、俺にだってないことは無い。それが、知らない間にばらされてたら……なんて想像するだけで身震いものだ。


「よって、核心には触れないように今のクロネの状態を伝えることとする。」


「お願いします。」


 こほん、と軽く咳ばらいをしてからもう一度マーリンは口を開く。


「クロネはマスクを付ける事で人格を入れ替える事が出来る……のじゃ。」


「え?」


 どうやら想像通り、クロネは二重人格のようだ。いや、人格が変わるだけで二重人格とかじゃ無いかもしれないのか。


「恐らく戦闘態勢に入る時にあのマスクを被り、より戦闘に適した人格へ切り替える、といった戦法じゃろうな。今回はバハムートの襲撃に遭った事で、戦闘態勢に入ったのであろう。それと、責任の一端が余に無いことも……無い……が……の……。」


「なるほど、分からん。」


 つまり、クロネはマスクを被ってる時は別人……なのか? 話が難しすぎてついていけない。

 その上、マーリンの最後の方の言葉は途絶え途絶えになり、よく聞こえなかった。それが何だったのか、聞きなおす前にマーリンは話を進めてしまう。


「まだ全てを理解しようとしなくても、今はこのクロネと付き合っていくことだけを考えておればよい。地上に戻ったら、こやつのマスクを外せばよかろう。」


「そう……だな。」


 考えてみれば、俺達が出会ってようやく一月経った位。まだお互いのこと、全然知らない事ばかりだ。クロネの口から真実を聞ける日が来るのは当分先かもしれない。でも、それでいい。


「冒険はまだ始まったばかり、だからな。」


 焦らなくていい。これから地上に着くんだし、そこから時と理解を重ねていけばいいよな。

 そんな俺の心を読んだのか、いや読んだマーリンもまた頷く。


「そういうことじゃな。」


 ふと下を見れば、街っぽいものが見えてきていた。人が歩いているのも見える。……こっちを見上げてる様に見えるのは気のせい、だよな。

 何かを忘れているような、それでいて不穏な気配を感じつつも、俺は着陸の準備に移る。


「じゃ、そろそろレイとクロネ、起こすか。」


「そうじゃな。……ふっ、それにしても念願の地上、楽しみじゃな!」


「あぁ、もちろん!!」


 この時、俺達は示し合わせたように顔をほころばせた。でも、今にして思えば、マーリンは地上が歓迎ムードどころか、その反対の状況なのを知っていたに違いない。

 自分の類稀な実力を自覚しているからこそ、トラブルを予期出来ても回避しない。それどころか、楽しむ癖さえある。それがマーリンという存在だと、この時の俺はまだ理解していなかった。それを知るのは、俺達が地上に着いた後だった。

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