第30話 ルーさえ入れれば何とかなる
ある日の食卓にはいい香りが充満していた。それもそのはず、俺は遂に『マンドラゴラ美味しくする計画』への一歩を踏み出したのだから。
「これ……なんだ?スパイスか?」
「本当だ、香りの豊かな料理だな。」
「今までの『ただ焼いただけ』の料理よりはマシそうじゃのう。」
「ははっ、食べて度肝、抜かすなよ?」
三人の反応を見ながら、俺は完成までの道のりを思い返していた。
◇
数時間前、俺はキッチンにいた。目の前には多種多様なマンドラゴラ達。それらに目をやりながら、机の上に置いた指輪に確認を入れる。
「これで全部揃ったよな?」
「おけおけ、お肉以外は何とかなったんじゃないかな。」
「よっしゃ!じゃあ、始めますか、マンドラゴラカレー作り!!」
「おー!」
まず手に取ったのは、四つの瓶。
「これが、レッドチリマンドラゴラパウダー。で、これがターメリックマンドラゴラパウダー。そしてクミンマンドラゴラパウダー。最後にこれがコリアンダーマンドラゴラパウダー、か。」
事前に作っておいたマンドラゴラスパイス。スパイスにすることで、マンドラゴラ独自の苦みや、土臭さなどを押さえることができている。
カレーって、ルー無しで作るとこんな感じなんだな。スパイス一瓶作るのだって大変だっていうのに、全く。ルーは人類の英知の結晶だったんだな。
「次は、玉ねぎマンドラゴラ切っていこ~!」
グシオンの掛け声を聞きながら、玉ねぎに包丁を入れていく。玉ねぎを切る、という動作、もはや次の展開は決まっているといっても過言じゃない。
「うっ……くそっ……何とかならないのかよ、この刺激。」
「あっはは、頑張れ、頑張れ。」
「お前も実体があったら絶対泣いてるだろ……!」
「いや、悪魔は泣かないし、笑わないから大丈夫だよ。」
「急にマジトーンなの、冗談に聞こえないんだけど。」
じゃあお前がニコニコ笑ってるのは一体何なんなんだよ。あれが嘘とか流石に怖すぎる。
そうやってグシオンに気を取られている間に、玉ねぎも粗いみじん切りにできた。
「じゃあ、次はショウガをすりおろしてー、ってそれは終わってるんだった。それじゃあ、フライパンで具材、炒めよー!」
フライパンにマンドラゴラ油を引き、玉ねぎマンドラゴラ、塩を入れていく。
「アメ色になったら火、止めてね~」
「ん。」
アメ色、黄色とか茶色っぽい色だっていうのは分かるんだけど、いまいち何処からのネーミングなのかも分からないと色が想像しにくいよな。
「じゃあ、水入れて~」
コップの三分の一位の水を入れる。いい音と共に玉ねぎの匂いが更に広がっていく。うん、美味しそうだ。
「ショウガ入れちゃって~」
本当ならニンニクも入れたかったところなんだけどな。残りの女子三人のことを考えるとそういうわけにもいかない。
「トマト~」
だんだん雑になっていくグシオンの指示を聞きながら、ペースト状にしたトマトマンドラゴラを加えて炒めていく。
生のトマトはダメなんだけど、ペースト状だと大丈夫なんだよな。特にプチトマト、あれは悪魔の果実で間違いない。
「今回のメインッ!!スパイスいっちゃお☆」
「任せろっ。」
順にスパイスを追加していく。最後に塩を入れて終わり。そこから炒めていく。焦げ色に近くなっていくのにビビりながら混ぜ合わせていくこと数分。玉ねぎとスパイスたちは赤茶色の塊へと姿を変えた。
「ほんとは、ここでお肉~なんだけど。お肉無いし、水入れて煮込んじゃおう。」
「肉はさすがに作れなかったからな。」
作れる、というか作ったとして無理の無いのはやはり植物の範囲だけだろう。肉のマンドラドラは流石にイメージしにくい。
十数分煮込んだ後、砂糖を入れて完成。
「じゃあ、最後に。」
「あぁ。ほいっと。」
注がれたアツアツのルー、そこにご飯代わりの焼きマンドラゴラを添える。
米マンドラドラを作るのは難しかった。そこで今回は焼きジャガイモマンドラドラで代用している。ま、順当な妥協点だろ、多分。
「「完成!!」」
ただ、マンドラゴラを焼くよりも事前準備、調理共に何倍も面倒だった。それだけに美味しいはず…………そう信じたい。
◇
調理後の期待を抱いたまま、俺は食卓の席についていた。軽く視線を他の三人と交わし、声と手を合わせる。
「「「「いただきます!!」」」」
満ちる不安と期待で震える手を押さえながら、スプーンでカレールーを口へと運ぶ。
「うまい……。」
思わずこぼれ出た言葉、それは皆も同じだったらしい。三人も驚いた顔で皿を見つめている。
「めちゃくちゃ美味いな、これ。今まで食ってたマンドラドラは一体何だったんだよ。」
今までのマンドラドラ、美味しいって言ってたのはクロネだけだし。確かに美味しいのは美味しいけどさ、美味しいのハードル低すぎないか。
「ふふっ、美味しいな。ツカサ、腕を上げたんだな。」
口元にルーを付けたまま微笑むレイ。
お嬢様に褒めていただけたなら、俺の順調に上がっていると見てもいい。
「ありがと、レイ。まぁでも、グシオンに大分助けてもらったけどな。俺一人じゃきつかったよ。」
「そうそうっ、グシオンちゃん大貢献☆でも、みんなと一緒に食べられないの、残念だなぁ……。ねぇ、マスターも美味しいって思ってる感じ?」
感情を巡り巡らせながら、グシオンはマーリンに問いかける。
そうか、グシオンが食べられないの考えてなかったな。悪いこと、しただろうか。
「其方らにしてはよくやった。及第点、といったところじゃがな。」
「あっはは。マスター、顔赤くない?美味しいなら、美味しいって言えばいーじゃん。」
言われて見れば、マーリンの頬は厳しく引き締めた表情とは反対に綻んでいる。
言われたマーリンは顔から急に表情を消すと、その指を俺の左手の指輪へと向ける。
「そこまで味わいたいというのなら、味合わせてやるぞグシオン。ただし、大量に、な。
「え、え、ちょっ、マスター??不味いって、ここ知恵の書庫なんだけど!!本、全部カレー臭くなっちゃうって、って入ってきたぁぁ!!」
グシオンの悲鳴を聞き流しながら、皿にスプーンを置いて手を合わせる。
「「「「ごちそうさまでした!!」」」」
今までで一番、笑顔と笑い声の絶えない食卓だった。
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