第19話 味音痴にご注意を

 クロネ、そう名乗った少女は食卓についていた。初めて俺と会った時のことは覚えていなかった、だから腹の音を聞かれたことも覚えていなかったんだろう。食卓に四人分の食事が用意されていた時、微かに嬉しそうな顔をした。

 今は仲良く、かどうかは分からないが四人で机を囲んでいる。


「クロネはずっと怒っておる様な目つきじゃな。」


 クロネの隣に座るマーリンがふと思いついたように口にする。それを聞いたクロネの眉は僅かに吊り上がる。


「あぁ?悪いかよ、この目つきは生まれつきだ。」


「悪くない、迫力ある良い目じゃ。」


「……そうかよ。」


 真っ直ぐクロネの瞳を見つめて答えるマーリン。その真剣さに面食らったのか、クロネは適当に相槌を打ち、そっぽを向く。興味を失った、というよりは照れ隠し。クロネの僅かに緩んだ口がそれを証明している。

 向かい側に座るマーリンと目が合う。同じ意見なのか、マーリンはいたずらっぽく笑う。


「ちょろいのぉ。」


「なっ……からかいやがったな、このチビ……!」


 小声でも聞き逃さなかったクロネがその語尾に怒りを滲ませる。すぐに喧嘩にならない所を見ると、クロネは出来た人間らしい。


「チビではない。余は偉大なるヴァンパイア、マーリンじゃ。」


「ヴァンパイアッ!?」


 凄まじい速さで椅子から飛びのくクロネ。その手は腰の刀へと伸びていた。確かにレイも驚いてたけど、そこまで珍しい存在なのか。


「あっはは。どうじゃ、伝説上の存在に出会った気分は?」


「……。」


「マーリン、そういう話はもっと段階を踏んだ方が良いと思う。」


 黙りこくったクロネの代わりに、レイがマーリンを制する。

 今は食事中だし、血なまぐさいことは後でやってほしい。


「うむ。余も興が乗りすぎた。じゃが、こやつが名を言った以上、余たちも名を正式に明かすのがマナーではないか?」


「確かにそう……なのか?」


 別にマーリンは間違ったことを言っているわけじゃない。でも、その顔には良からぬことを考えている時の笑みが浮かんでいる。

 わざわざ止めるのも面倒くさい。俺は相も変わらず、美味しいから程遠いマンドラゴラを口に運んでいた。


「こほん。私はレイ、レイ・リュミエール。よろしく、クロネ。」


「リュミエール……!?」


 案の定、信じられない、といった様子で目を見開くクロネ。なるほど、普通の人はこんな感じで驚くのか。クロネには悪いが勉強になった。


「ま、家出中みたいなもんだけどな。」


「こ、こら、余計なことを言うなツカサ。」


 頬を軽く膨らませ、服の袖を引っ張るレイ。

 仕方ないだろ。ヴァンパイア、勇者の末裔と来て、次の俺は焼きマンドラゴラ屋。少しでも空気を緩ませとかないと、盛り下がること間違いなし、だろ。


「で、俺の番だが。」


 期待と困惑が籠った目を向けるクロネ、この先の展開を予想したのか、気まずそうに目を逸らすレイ、この上なく楽しそうに口を押さえるマーリン。三者三様の視線が入り混じる中、俺は口を開く。


「俺はカンザキ ツカサ。焼きマンドラゴラ屋だ、よろしく。」


「焼きマンドラゴラ屋……?」


 ほら見ろ、クロネのポカンとした顔を。前の二人の時と違った意味で受け入れられて無いじゃないか。

 ま、このくらいは想定通り。その為に食事がある。イメージが付けば、超マイナージョブでも理解が深まるはず。……例え、その料理がどれだけ不味くても。


「皿に乗ってる団子みたいなやつ、それが焼きマンドラゴラだ。食べてみてくれ。」


 マンドラゴラの毒性問題が解決していない今、客に焼きマンドラゴラを出すのはためらわれたが、マーリンが『ヤバいと思ったら直ぐに回復魔法をかければ間に合う……筈じゃ。余に任せるが良い。』といったのもあって、クロネに出している。


「マンドラゴラって食用だったのか……?ま、いいか。」


 気づきかけたところで口に運ぶクロネ。黙々と動くその表情に変化は見られない。口の中はすでに阿鼻叫喚地獄絵図になっている筈、それが顔に出ないなんてことがあるのか。

 皿を瞬く間に空にしたクロネはたった一言だけこぼす。

 

「美味い。」


 満足そうに告げた一言、それがどういう意味を持つ言葉だったか、即座に理解できなかった。


「「「え?」」」


 辛うじて出た反応、三人の声が重なる。

 ヴァンパイア、勇者の末裔、焼きマンドラゴラ屋と来て、四人目は恐ろしいファッションセンスの味音痴だった。


「まともなやつがいない……」

 

 俺の嘆きは空になった皿の底へと吸い込まれていった。



 

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