第13話 旅の疲れは水溶性
風呂は綺麗な岩で形作られており、ドラゴンの形の石像からお湯のかけ流しがされている。そもそも、どうしたらダンジョンが変形して内部に温泉ができるのか、謎が深まるところだが、それを聞いたところで理屈は分からないだろう。
「かぁ…………。」
伸ばした両手両足はお湯の中に吸い込まれ、自然と吐息が漏れる。そして、見上げた空には満点の星。風呂に入ったのなんて何日ぶりだろうか。全身が解きほぐされていく気持ちよさに身を任せていると、仕切りの壁を挟んだ向こう側、レイとマーリンがいるところから声が聞こえてくる。
「私の家にも浴場はあるが、まさかここまで大きい温泉がダンジョンの内部に存在していたなんて……。」
「余の力を以ってすればこの程度朝飯前、じゃな。」
「朝飯前……。」
「なんじゃ、ヴァンパイアたる余が朝飯前、というのが変じゃったか?」
「あ、いやその……」
「ヴァンパイアジョークッ!!」
高らかに響いた声はもちろん、音量そのまま俺の耳にも届く。
「え?」
「ヴァンパイアジョークじゃよ、ヴァンパイアジョーク。其方、ユーモアセンスが皆無じゃな。あるのは胸だけか、レイ。」
激しい水飛沫の上がる音。恐らくレイが立ち上がったのだろう。……あるのか胸。
「なっ、何言ってるんだマーリンっ。それはどうでもいい話じゃないかっ。」
「「どうでも良くない。」」
思わずハモってしまった。マーリンと初めて息があった瞬間かもしれない。
「ええ!?ツ、ツカサも聞いてたのかっ!!」
「そりゃ、あれだけ大声で話してたらな。」
まぁ、聞き耳立ててたってのもあるけどな。
意見が合ったことを確かめたいのか、マーリンの声も届く。
「のう、ツカサもそう思うじゃろう?」
「もちろん。男はそういうしょうもない話で盛り上がるからな。」
「最低の生き物じゃないか……。」
姿の見えぬレイからの言葉のナイフが突き刺さり、危うくノックアウトされてしまうところだったがギリギリ耐えた。いくら事実でも他人から指摘されると傷つくことはある。
またも水飛沫が上がる音、その小ささから推測するにマーリンが立ち上がったのだろう。何かロクでもないことが起こる……そんな予感が全身を走り抜ける。
「勘違いするなよ、レイ。今はスタイルの差で余に勝ったつもりでおるかもしれなぬが、この姿は仮の姿。余の真の姿は其方を超える美女、じゃからな!!」
「そうか……」
薄い反応のレイ。いくらヴァンパイアとはいえ、目の前の少女がいきなり美女に変身するとは思えないのだろう。
「そういうことにしといてやれよ、レイ。」
スタイルに本気で張り合う子供っぽさ、ヴァンパイアジョークとか言い出すおっさんっぽさからして美女になるとは到底思えない。
「其方ら……嘘だと思っておるのか…………?」
突然吹き荒れる風。壁が揺れ、水面が波打つ。マーリンの声の質からして、どうやら怒らせてしまったらしい。起爆までの導火線、短すぎるだろ。
「よい、では見せてやる。余の華麗なる姿を────!!」
声と共に巻き起こる爆風、俺とレイの叫び声は飲み込まれ、互いに届かない。風のあまりの強さに目を瞑る。
時間にしてほんの一瞬、それでも目を開けた先は惨状と化していた。
「風呂、滅茶苦茶になってんじゃねぇかよ…………あ。」
隣の風呂で起きた爆風、その余波を受けないはずがなく、仕切りとなっていた竹の壁は崩壊し、隣が丸見えとなっていた。そして、そんな俺の視界には変身に失敗したのか三角座りでいじけるマーリンと、身を守らんと身体の前にタオルを広げたレイが映る。タオルでかなり隠れているが、そのスタイルの良さは一目瞭然だ。
時間が止まったかの様に静まり返る中、俺達は目が合う。気まずいなんてどころではない大ピンチ。俺の頭は何かを言わなければ、それでいっぱいだった。
「な、何も見てないから安心してくれ。」
「その釘付けになった瞳でその言い訳は苦しいじゃろ。」
俺の渾身の言い訳も、事件の原因による横槍で崩壊する。誰のせいでこうなったと……いや、ありがとうございますっていうべきなのか?
「いつまで見ているんだ、この変態っ!!!!!!!!!!」
火照りかそれとも怒りか、顔を赤らめたレイは近くにあった木製の桶を掴むと、俺へめがけて降り投げた。
「ちょっ、桶を投げるなっ…………うっ。」
猛スピードで回転し、迫る桶を避けられる筈も無く。おでこにクリーンヒットした一撃によって、疲れより先に俺の意識が飛ばされてしまった。
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