第12話 失楽園へようこそ

 凄まじい揺れに結局俺は耐えきったのか、それとも耐えきれなかったのか。その答えはもちろん後者だ。

 朦朧としていた意識が身体を揺らされる衝撃で覚醒し始める。


「[ツカサ!起きてくれ、ツカサ!!」


 目を開けると、前には美人なお姉さん……レイか。どうしてそこまで必死に起こそうとしているのかは分からないが、気が急くのか、俺の身体を何度も何度も揺らす。


「ん、どうしたんだよ。」


「み、見てくれ、こ、この有様を。」


「え?あー、何かの建物の中か、ここ?」


 起き上がって辺りを見渡すと、自分がいる場所がさっきまで居たダンジョンとは全く異なっていることが分かる。建物の壁や床にこそダンジョンの面影を残す石が使われているものの、床には赤い絨毯が引かれ、上には巨大なシャンデリア、そして奥に玉座まで用意されている。

 その玉座に悠々と座るマーリン。小さな身体でも様になっているのは滲み出る風格のお陰だろうか。


「ふっ、ようやく目覚めたかの。ツカサ。まぁ、其方が目覚めぬ間、レイの驚く顔を見られただけで退屈は凌げたのでよし、じゃな。」


「こんなもの見せられたら誰でも驚くはずだっ!!ほら、ツカサ。そこの窓から見てくれ、この異常な現実を!!」


「分かった、分かったから。引っ張るなって。」


 レイに手首を捕まれ、近くの大きな窓から外を覗く。


「ここは城、なのか?」


 見えたのは眼下の城壁と庭園、そしてその外に広がる大地。何より気になるのは空が見える上に近いこと。


「そ、それだけじゃないだろう?ツカサ、もっと驚いてくれ。そうじゃなきゃ、私だけ世間知らずみたいで恥ずかしい……。」


「それは事実だろ。」


「なっ……!そこは否定する流れじゃないのか……!!」


 いつものように取っ組み合いを始める俺達を尻目にマーリンはため息をつく。そして、頬杖をついた姿勢のまま、何かを唱える。


「視覚強化」


「おおっと!?」


 マーリンの魔法の影響か、急に瞳が熱を帯びる。

 

「ツカサ、そのまま下を見よ。」


「おう。…………え?」


 言われた通り俯くと、見えるのは床。だが、すぐに床は透過され、その下の地面が見える。それを何度か繰り返した後、見えたのは雲、そしてその下の豆粒の様な何か。恐らく、街、地上の街だろう。何故、ダンジョン最深部にいた筈の俺に地上の街があそこまで小さく見えるのか、あり得ない理屈が頭を過ぎる。震える足を押さえながら、その答えを口にする。


「もしかして、ダンジョン飛んでる?」


 普通、ダンジョンは飛ばないし、変形もしない。おかしい話なのは自分でも分かっている、余りにファンタジーすぎるだろ。でも、この目で見た以上、それ以外あり得ない。


「ふふっ、ツカサも私に負けず劣らずのびっくり顔だな。」


 俺の驚いた顔を見れたのが嬉しいのか、レイは笑っているが、今の俺にそんな余裕は無い。

 マーリンもまた、してやったりという風に歯を見せて笑う。

 

「禁忌塔バベル、それには予め改造を施しておってのう。これこのように、ダンジョンから空飛ぶ庭園へと大変身っ、するのじゃ。凄かろう?な、な?」


「凄いとかそういうレベル超えてるだろ……。」


 できる事なら大声で叫びたい。でも、そんな気力さえもう無い。

 こういうトンデモギミックは異世界生活に慣れてきた辺りで出て来る奴じゃないのか。

 精神が満身創痍と化した俺を見下ろしながら、マーリンは足を組み直し、告げる。


失楽園パンデモニウムへようこそ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る