第10話 戯けた二人は知らぬ間に世界を救う【後編】

 自由となった手足の動きを確認する少女は、ふとその動きを止めると俺たちを軽く見上げる。


「そういえば余、自己紹介していなかったのう。余はマーリン、超絶美しくて最強のヴァンパイアじゃ。」


 三日月の様に吊り上がった口元からは、吸血鬼さながらの鋭い歯が覗く。ヒューマン以外の種族に出会えるなんてテンション上がってきたな。これだよ、これ。こういうのがファンタジーだよ!!

 ファンタジー感の増してきた雰囲気に興奮する俺の横で息を荒げる人間が一人。当然レイだ。


「マーリン……!モモ様や勇者様と魔王を討伐したとされる偉大なる魔術師、マーリン様ですかっ!!」


 勇者って確かアーサー、だったよな。やっぱり、アーサーとマーリンはどこの世界でもセットなのか……?


「えっ……何それ、余、知らん。」


「人違いなのかよ……」


 どうするんだよ、この気まずい雰囲気。マーリンは目、そらし始めたし。もうちょっと確かになってから話しかけろよな。

 

「はぁ。俺はツカサ、焼きマンドラゴラ屋やってます。よろしく。んで、こっちが。」


「わ、私はレイ、レイ=リュミエール。勇者の末裔だ。ま、マーリン、よろしく頼む。」


 赤面と動揺を隠しきれないレイが自己紹介を終えた所で、俺はずっと引っかかっていたことを口にする。


「なぁ、マーリン。さっき、俺たちのことをジョーカーとか言ってたけど、あれ何だったんだよ。」


「うむ。其方らは余の試練を乗り越え、世界を救った。故に女神が差し向けた切り札かと思ったのじゃが、その口ぶり、どうやら違うみたいじゃし、忘れてくれ。」


 何でもないことかの様にそう言ってのけると、マーリンは服についた誇りを払い始めた。


「世界を救った……?私たちが……?」


「忘れられるわけないだろ、そんな重要そうな話。」


「ま、それもそうか。じゃが、全部話すのは面倒じゃからな。かいつまんで話すが、良いな?」



 頷く俺たちを見てマーリンは一息ついてから、話を始めた。


「なんやかんやあって余はここに幽閉されたのじゃ。その時の余に与えられた役割は『人間の願いを叶え、その後の意識を疑似人格に移行し、人間を一人残らず抹殺すること』。つまりは願いを叶えた瞬間、狂戦士バーサーカー化、もれなく地上の人間を殲滅、ということじゃな。」


「願いを叶えるっていうのが罠でそれを言った瞬間、ゲームオーバーってことかよ。」


 完全な無理ゲー。負けイベどうこうのレベルじゃない。罠の規模が違いすぎるだろ、何者なんだよマーリン幽閉した奴。


「そうじゃな。余にあらがう術は無かったからの。其方らがここまで辿り着いた時、正直、とうとう終わりの時が来てしまったかと思ったが、よくやってくれた。あの鎖は願いを叶えた後、余を狂化させてから千切れるものであったが、それをレイ、其方が先に願って断ち切ってくれたお陰で余はこうして自由になることができた。感謝しておるぞ。」


「私が力になれたのなら良かった。」


 嬉しそうにはにかむレイ。勇者らしい選択だとは思ったが、まさか本当に世界の命運が懸かった選択だとは思わなかった。まだ冒険もちゃんとしてないのに、発生するイベントが重すぎるんだよ。どうなってるんだ、この世界。


「それじゃ、これからどうするか、だよな。」


「地上に帰るには転移魔法が必要になる。私も使えないし、もちろんツカサも使えない。となると、」


「え、余?」


 俺達の視線は自ずと一点に集中する。最強とか自称してるくらいだし、俺達よりは断然強いはず。

 期待の込められた俺達の視線を受け、ようやくその意味に気づいたのか、マーリンは気まずそうに目を逸らし、呟いた。


「その……余も転移魔法……使えないんじゃが…………」


「「え?」」


 最難関ダンジョン最深部、窮地を乗り越えた筈の俺達はまたしても窮地に立たされた。

 

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