第7話 ボス前のセーブは忘れずに

 数日後、俺とレイは訓練の成果を試しながらダンジョンの最奥へと着実に進んでいた。


「アアアアア」


 目の前に現れるのはクマに似た大きな魔物。4mは超えているだろうか、立ち上がったその頭は洞窟の上をすり、口からは生え揃った鋭い歯が覗く。

 その前に立ち塞がるレイとその後ろに屋台を引く俺。


「君には悪いが、私の剣の錆になって……いや私、彼を斬るわけじゃ……」


「いいんだよ、こういうのは。とりあえず言っとくやつだろ。」


「そ、そうか。なら、剣の錆にっ……」


「ギァァァァァァァ!!」


 レイが言い直す途中でクマが襲いかかる。

 巨大な爪は地面を大きく抉り、俺とレイは慌てて後退する。


「ツカサ、準備はいいか?」


「もちろん。行くぞ!!」


 レイが前に、俺は後ろに、直線上に並ぶ。


「やあっ!!」


 レイは剣を握り、頭上へ向けて投げる。とてつもない勢いで天井に刺さった剣は、亀裂を走らせ、大量の落石を発生させる。


「ギャァァァァッッ!!」


 落ちてきた石は突撃してきたクマの背中へ激突し、その姿勢を低くさせる。


「ほいっ、と。」


 クマの動きが鈍っている間に俺はマンドラゴラを生成し、その茎を掴む。そんな俺を野生動物を仕留めた猟師の様にレイは肩に担ぎ、投げる。


「ええと、ツカサアタァック!!」


「そのまんまじゃねぇかぁっっ!!!!」


「──!─────!」


 その勢いで俺はマンドラゴラを引き抜き、俺とマンドラゴラは叫び声を上げながら、クマの脇を抜けていく。当然、クマに耳を塞ぐ隙は無く。


「ギャァァァ……。」


 うめき声を上げ、クマは倒れる。絶命したかどうかはレベルの変化で分かるので、レイは何も言うことなく、俺の方へと歩いてくる。


「なぁ、レイ。レベルってどうなった?」


「1だ。やっぱり一定距離内で魔物が倒されるとレベルが下がる仕組みみたい。」


「面倒くさいけど、『ドーピング作戦』で戦った方が良さそうだな。」


 『ドーピング作戦』とは、焼きマンドラゴラをレイが食べてレベルを上げ、魔物と遭遇した時にその瞬間的な戦闘力で壁や地面を破壊して足止め、そこにマンドラゴラの叫びを聞かせて倒す、という作戦だ。


 問題はマンドラゴラの叫びでレイが倒れてしまうことだが、それはこの数日間、毎分毎秒マンドラゴラの叫び声を聞かせ続ける事で耐えられるようになった。


「私としてはもう少し味のバリエーションが欲しい所だけど……。」


 今ではこうして文句を言えるほどだ。そして、レイはようやく俺のせいだ足元までやってきた。


「地上に戻れたらそれも何とかしてやるよ。それよりも。」


「それよりも……?」


 俺は真っ暗な視界、ふわつく下半身をだらりとぶら下げながら付け加える。


「早く降ろしてくれないか……?」


 俺はレイに投げられた後、クマの脇を通り過ぎ、そのままダンジョンの天井へと突き刺さり、放置されて今に至る。


「あっ……すまないツカサ!!…………待てよ。」


「おい、早く降ろしてくれよ。」


 レイが急に黙ったのが不気味だ。変なこと考えてるんじゃないだろうな。


「私は何だかんだとツカサに馬鹿にされたり、最近だってマンドラゴラの叫び声を聞かされ続けたり、嫌がらせを受けている。」


「……。」


「なら、こうしてツカサの哀れな姿を見ながら一息つくのも悪くない。」


 鎧が擦れる軽い音。レイが手頃な岩か何かに座ったんだろう。

 …………これに関しては俺の自業自得。ま、しばらくはレイに付き合ってやるか。


         ◇


「おい、そろそろ1時間位経ってるだろ。気は済んだか?」


「…………。」


 微かな息遣いは聞こえるが、反応は帰ってこない。これは、もしかして。


「寝てるのか?」


「すぅ…………。すやぁ……………。」


「ったく、しょうがないな。」


 辛うじて飛び出した両手を刺さっている天井に当て、何体か適当にマンドラゴラを生成する。急に現れたマンドラゴラにより天井はひび割れ、俺はようやく天井から脱出した。


「……ったぁ!!痛過ぎるだろっ……!!」


 が、もちろん受け止めてくれる人間は寝ている訳で。

 俺はただ単に地面へ叩きつけられてしまった。めちゃくちゃ痛い。直前にマンドラゴラをクッションとして作り出していたのが功を奏したらしく、無傷では着地できた。周りを見渡す限りは行き止まり。どうやら、最奥まで飛ばされてきたらしい。やはり、パワー系勇者恐るべし。

 俺の叫びが聞こえたのか、眠り姫様はようやくその碧い目を開く。

 

「ふわぁ……。あれ、ツカサ何してるんだ?」


「地面に叩きつけられてんだよ、誰かさんのせいで。」


「もしかして私、ツカサを放置したまま寝ていたのか?」


「そうだよ。……ってどこに座ってるんだよ、レイ。」


「それはすまない。ん?どこにって、手頃な岩に……」


 レイは俺の問いに首を傾げながら、自分の足元を指差す。そこには何の変哲もない石があった。ただ、残念ながら俺が言いたいのはそっちじゃない。


「椅子じゃなくてお前がもたれてる場所だよ。」


「あぁ、これは扉だ。いかにもダンジョンの主がいそうだな。」


 レイがもたれていたのは重厚な石の扉だった。それに手を当てるレイを見ながら俺は思考を巡らせる。……が、時すでに遅し。


「おっ、開いたぞ、ツカサ!!ふふっ、ボス戦だな!!」

 

「おいっ、こういうのはどっかにセーブポイントがある…………って、聞いてねぇな。」


 俺の言葉を最後まで聞くことなく、レイの身体は扉の中へと吸い込まれていった。


「頼むから負けイベであってくれ……!!」


 そう願いつつ、俺もまた扉の中へと足を踏み入れた。

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