第8話 ラスボスの登場には早すぎる
扉を抜けた先、そこには円形の空間が広がっていた。入室と同時に円形の壁にかけられたろうそくに順番に火がついていき、部屋の中が照らし出される。
「これ……思ってるよりヤバくないか?」
黒い壁と床。そんな漆黒の空間で浮かび上がる異質な物体。特徴的な六角形のスタイル、それはまさしく棺だった。
「強大な魔力を感じるな。何かが出てくる気配はないが……。」
「おいおい、勝手に近づくなよバカ!」
ずんずん真紅の棺の方へと近づいていくレイの首根っこを押さえ、引き留める。が、俺の腕力とレイの推進力とでは天と地ほどの差がある。
「危険なのは分かっているけれど……でも、見てみたいじゃないか。」
「分かったから、分かったから一旦止まれ!!二人してここで殺されたら意味ないだろ……!」
「せめて、せめてひと目だけでも……」
「いいから!とりあえず、部屋の外まで戻るぞ。」
聞き分けの悪いレイの背中を無理やり押しながら、棺へ背を向けた、その時だった。
「待て。」
後ろから軋む音共に何かの声が聞こえる。軋む音は何かが出てくる音で間違いない。
「おい、レイ!そろそろ自分で歩け!何か出てきたぞ!!」
「本当かっ。」
「嬉しそうに振り返ってんじゃねぇ……!!早く逃げるぞ!!」
後ろを向こうとするレイの首を押さえながら、押し相撲でもするかの様に進む俺達に更なる声が届く。
「待てと言うておる。」
凛としてそれでいて威厳のある声。その声に呼応して、出口が消失した。冗談じゃなく、文字通り扉が消えてなくなった。
「ツ、ツカサ出口が……!」
「お前はとりあえず俺の後ろに隠れとけよ。」
「私だって戦える、作戦だって考えたじゃないか。」
「だからだよ。俺が一瞬でやられたらお前が頼りなんだ、だから俺が前に出る。」
「頼り……そうか、頼りかぁ……。よし、後のことは私に任せてくれ!」
「それは今言うセリフじゃないだろ……。」
ボスを目の前にしてごちゃごちゃとやっていた俺達だが、ようやく方針がまとまり、ボスへ向けて振り返る。
既に棺は開いており、中が露わになっていた。中に居たのは一人の少女。鎖で四肢を繋がれた彼女は、トップスに編み上げとウエストリボン、スカートにフリルスカート、そしてレースの前掛け、繊細なレース刺繍のドレスを着込んでいた。その色合い、深紅の瞳に嫌な想像が俺の頭を過ぎる。
「女の子……?」
レイが驚きの声を上げる。出来れば俺もあげたいくらいだが、その前に棺の中の少女が口を開く。
「遅いわ。其方らは何だ、道化師か何かなのか?」
「ピエロと違って俺達は迫真だったんだけどな。」
13、14歳くらいに見える外見の幼さとは異なるはっきりとした大人びた声。
彼女は俺の軽口を聞き、一瞬虚をつかれた様な顔をしたが、すぐに笑いだした。
「あっはっは、余を前にして随分余裕があるのじゃな。」
「めちゃくちゃビビってるんだけどな……。」
「……貴方は一体何者なんだ?」
レイが俺の後ろからおずおずと質問を投げかける。確かに聞きたいことではあるけど、名前聞いたら大体バトル始まるんだよ。
俺はいつでもマンドラゴラを出す準備をしながら、彼女の答えを待つ。
「余が何者か、か。じゃが、余からすれば其方らの方が興味深いぞ、女神臭の濃い男と呪われた勇者の末裔よ。」
「どうしてそれを!?」
「え、俺って女神臭とか漂ってんの……?ちょっとレイ、嗅いでみてくれよ。」
「なっ……!ツカサ今はそんなことしてる場合じゃないだろ……!!それくらい……後で嗅いでやる!!」
「その言葉、忘れるなよ。」
圧倒的強者と横から入る軽口で、思考がいっぱいいっぱいになったのか、レイは興奮気味に変態宣言をしてしまっている。ま、これは後でのお楽しみ、として。
「俺達はここまで転移魔法で飛ばされてきたんだ。だから、あんたと戦うつもりは毛頭ない。ここから帰る方法さえ教えてくれれば大人しく帰るからさ。」
「ほう、転移魔法……か。」
興味深そうに頷く少女。もしかしたら、意思疎通、交渉が可能なボスなのかもしれない。
「面白い。では、始めるか。」
「え?」
何でだよ、今のは見逃してくれる流れなんじゃなかったのかよ。
「其方らがこの部屋を開け、余を見た以上、逃がすことは出来ぬ。故に其方らに試練を与える他ない。」
「試練?」
「どうせ血みどろになるやつだろ……。」
俺の想像は次の少女の一言で裏切られる事になる。何故なら少女はこう言ったのだから。
「試練は一つ。好きな願いを一つだけ言う、それだけじゃ。」
最小にして最恐の試練が幕を開ける。
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