第2話 自称勇者、拾いました。

 「焼きマンドラゴラ〜焼きマンドラゴラ〜」


 屋台車を引きながら、俺は適当に声を出す。どうせ誰にも届いてないし、必死の営業は必要ない。


「マンドラゴラ〜焼きたて〜」


 なんせここは攻略難度最高レベルのダンジョン最深部。まだ未踏破らしく、今の所人間にあった事はない。つまり、収入はゼロ。


「いらっしゃい、いらっしゃい。」


 ここに来てから数週間。出られる見込みは無い。それでも分かったことは幾つかある。

まずは、俺の能力についてだ。


「ほいっ、と。」


 手をかざし、マンドラゴラをイメージする。すると、人のように動き、引き抜くと悲鳴を上げて、まともに聞いた人間は発狂して死んでしまうという伝説を持つ植物が地面に生える。


「相変わらず気持ち悪いな、おい。」


 頭からは双葉を生やし、その下に顔がついている。このまま放っておいてもいいが、俺以外なら死んでしまうので、さっさと抜いて調理するしかない。


「屋台くれただけでも感謝しなきゃいけないか……。」


 初めてこのダンジョンに着いたとき、最低の調理器具と食器、それにトイレが揃ったこの屋台が無ければ途方に暮れていたかもしれない。そこだけはあの女神に感謝したい。曲がりなりにも勇者を送り出す女神だったらしい。


 この世界に来て俺も魔力を手に入れたのか、水道の魔法陣へ手をかざせば水を生成してくれる。

 それに、最低限初級程度の火は魔法で発動出来るようにもなっていた。キッチンの魔法陣は最初の種火さえ起こせば、半永続的に火を維持してくれるので便利だ。


「さ、調理に取りかかりますかっ。」


 地面から飛び出た茎を掴んで引き抜く。


「───────!────────!!」


 言葉に鳴らない叫びが辺り一帯に響き渡る。これが、即死級の叫びらしい。らしい、というのは俺には心地良い音色のように聞こえているから、本当の叫び声がどんなものなのか分からないんだ。


「押さえる手は猫の手〜」

 

 マンドラゴラは芽と茎を取り除いて皮をむき、4つ切りにする。


「ファイア。」


 皿に切ったマンドラゴラを乗せ、軽く火炎魔法で加熱。そこからフォークで潰していく。


「にゃんにゃにゃんにゃ〜」


 気持ち悪い声を出しながら、潰したマンドラゴラを小さなマンドラゴラになる様に形を整えていく。

 一人の時に急に歌いたくなるのって、万国共通だろ、なんて聞ける相手も居ない俺は魔法陣の貼られたキッチンにフライパンを乗せ、火にかける。


「ふんふんふふふーん。」


 片面に焼色が付けば、それをひっくり返しもう片面にも焼色をつける。欲を言えばバターとかが欲しいが、そんな贅沢は出来ない。


「よし、出来た。」


 手の平サイズの焼きマンドラゴラが出来上がる。作り方はじゃがいももちと大体同じ。見た目も形がマンドラゴラなだけで、色も白っぽくて似たようなもの。フォークで一刺し。一体を口に含む。


「いただきます。」


 口の中に広がる刺激臭、そして芳ばしい土の味に何故か痛む口内。つまるところ、焼きマンドラゴラは。


「まっずい……。」


 不味い。でも、食えるか食えないかで言えばぎり食えるレベル。それに、栄養価が高いのか、これを一体食べれば半日は動いていられる。だから、渋々食べている。


「ごちそうさまでした……。」


 食べ終えると、食器をシンクに置き、また屋台を引っ張りながら歩く。


「焼きマンドラゴラ〜マンドラゴラ〜」


 このダンジョンは果てしなく広く、この数週間奥へ奥へ歩き続けているが、道中のモンスターは何故か大体死んでいるので、襲われたりする心配も無い。肉も食べたいけど、禍々しい魔獣とか腹壊しそうだし、嫌だ。


「美味しい〜マンドラゴラ〜」


「一つ……。」


 声がした。人の声をしばらく聞いていないのもあって、それを発したのが人間だと気が付かなかった。


「一つ……ください……。」


 そこには、地面を這いつくばり、辛うじて手だけを伸ばす不憫な騎士がいた。

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