第13話 Day27
day27
今日の空模様は相変わらず雪天。
こんなにどんよりとした天気が続くと、患者の精神状態に良くないのではないかと思うが……晴ればかりよりも精神に良いらしい。事実、レーシャも晴れは嫌いみたいだし。
彼女は退屈そうに布を縫いながら、時折降り積もる白雪を眺めていた。既に家の中に置いてあった本なども読み終え、本格的に時間を潰す手段が無くなってきた頃合いだ。
そろそろ新しい娯楽を探すべきか。この【安寧地区】はきわめて娯楽に乏しい。通信の類が全て禁止されているのが痛いところだ。
「デート、ちょっと外出てきてもいい?」
彼女は徐に立ち上がり、コートと手袋を手に取る。
いつもの様に花でも見に行くのだろうか。退き留めておく理由も無いので素直に頷いておく。列車には干渉医が同行していないと乗れないので、七番街よりも遠くへ行くことは無い。記憶の欠落もまだ重症には至っていないので、まだ一人で行動することも出来る。彼女は外へ出て行き、家の中は私一人になった。
改めてリビングを見渡すと、最初に来た時よりも生活感があるように感じられる。小物が増えて、色も白一色から多様になった。生活に慣れてきた……と言えば聞こえは良いが、ここを去る時の悲しみも一層強くなるものだ。
レーシャの症状は進行し続けている。記憶の欠落の症状がよく見られるようになってきているのだ。しかしながら、彼女自身は記憶の消失を恐れるような素振りを一切見せない。これまで診てきた患者の中でも最も落ち着いている。私の方が心配しているのではないかと思う程に。
レーシャが出て行って、一時間ほど経ったころ。
彼女は慌ただしく家へと帰って来て、私を呼んだ。何かの緊急事態だろうかと身構えたが、どうやらそうではないみたい。
「デート! ちょっと来て!」
「はい」
玄関で呼ぶ彼女の元へ行くと、寒風が私の身を包み込む。
彼女はどこか楽しそうに家の外を指し示した。その先にあったのは……
「……雪だるま?」
「うん、作ってみた。上手く出来てるかな?」
レーシャの腰の高さほどの大きさで、目には小石、口には木の枝が使われている。
彼女は雪だるまの傍に歩み寄ると、ポンポンと頭を叩いた。
「ふふっ……とても可愛いですね。レーシャには雪だるま作りの才能があるのかもしれません」
「写真、撮ってよ」
そういえば、彼女には映像記録の許可が出されていない。私は雪だるまとレーシャが並び立つ光景を目に投影すると、虚数空間のクラウドサーバーに保存する。そしてそれを写真として複製してレーシャに手渡した。
「はい、撮りましたよ。残念ながら、治療後はこの写真も廃棄しなければなりませんが……」
「うん、それでいいよ。ありがとう」
彼女は写真を大切そうにポケットに仕舞い、微笑んだ。
「折角ですから、この雪だるまのお友達を作りましょうか」
「……友達?」
地面に積もっている雪をかき集め、小さな雪玉を作る。
そこに近くにあった赤色のナンテンの実を二つ嵌めて、二枚の葉を指す。
「かわいい……うさぎ、だよね」
「雪うさぎです」
なんだか童心に帰って遊んでいるような気分だ。私の幼少期にこうして遊んだ記憶なんてないけれど。
レーシャももはや子供の頃の記憶なんて忘れているだろう。
「これも写真撮って」
私は何枚か写真を複製し、レーシャに渡した。どの写真に写る彼女も笑顔が素敵だ。
写真とは本来、光景を記録して残しておく為に作られたものだという。しかし、【安寧地区】を出る際には所有物を全て破棄して出て行かなければならない。残すこともできないこれらの写真に、私は微かに憐憫の情を抱いた。
ふと、レーシャの肩が震える。
「……さむい。そろそろ家の中に入ろ」
彼女と共に暖かい家へ入る。
雪だるまと雪うさぎには、家の前で過ごしてもらおう。家の中に入れると溶けてしまうから。
そういえば、彼女は寒い場所が苦手なのだろうか。年中快晴の地区に住んでいたくらいだから、寒さには慣れていなさそうだ。私は常に気温が安定している地区に住んでいたので、過度な気温の変化は苦手だ。それに、現代の人間が住まう一般的な地区では、体温を自動調整する上着の着用が許されている。この地区では自動調整機能を持つ上着の着用が禁止されているから、余計に落差が酷い。
寒い、という感覚をまともに受ける機会は珍しい。この安寧地区へと訪れて、新たに学べたこと、体感できたこともたくさんあるのだ。
家へ戻ると、一件の連絡があった。
送信元は……『干渉医』の同僚だ。たしか、彼女も【安寧地区】で医療行為の最中だったはず。
連絡の内容には、相談したいことがあるので会いたい……としか書かれていない。彼女は大雑把な性格なので、こんなに雑な連絡も日常茶飯事だ。毎回毎回、連絡の際には情報を詳細に記せと言っているのだが。
どうしたものか……医務に関する相談であれば構わないが、他の仕事を押し付けてくるようだったら困る。でも、一応彼女は部下なのである。相談を聞かない訳にもいかないか……
私は辟易しながら、時間が空いている日を考えた。
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