第42話 遠泳

「ちなみに、歩はどのくらいで10キロ泳ぐつもり?」

 

「1時間半ちょっとで泳げたらベストですね。でも調節しないと後々の種目に響くから・・・」 

 

「な、なるほど」

 

タイムを聞いてみたものも、どのくらいのペースかいまいち分からない。でも多分早いのだろう。よし、飛ばそう。


今日の夜には体力が尽きているかもしれないけど、仕方ない。学年最下位は甘んじて受けるけど、いつまでも泳ぎ終わらない俺に哀れみの拍手をプールサイドから贈られるのは勘弁だ。


ほら、経験ない?小学校の水泳の授業で中々泳ぎ終わらないヤツに拍手しながら、頑張れーとか言うイベント。あれの高校生バージョンだぜ。恥ずかしくてたまらないよ。

 

「それで英慈君は何号館にする?」

 

「何号館?」

 

しばらく歩いて、マップによるとプールに到着したようだ。だけど、目の前には何個も建物が乱立していてどれがプールなのか分からない。


そして、何号館とは。疑問に疑問が重ねられた状態である。

 

「うん!何号館が良い?」

 

「ちょっと待て。何号館ってなんだ?そもそもプールはどれだ?」

 

「ん?これ全部プールだよ」

 

「これって・・・目の前にある建物全てか?」

 

1.2.3.4・・5。5個の大きな建物が目の前にそびえ立っている。

 

「そうだよ。左から1号館ってなっている。今日はどの建物も使用するって書いてあったけど・・・要項を読んでいなかった?」

 

「お、おう。少し忙しくてな。」

 

「そうなんだ!大変だね・・・体は大丈夫?」

 

「まだ大丈夫だ。それじゃあ5号館にしようか・・・」

 

なんか体調の心配をされた。実は忙しい訳ではなくて、ただ面倒くさかったから要項を読んでいませんでした。あれ・・・入学式の時と同じような・・・。

 

5号館らしい建物の中に入ると微かに塩素の臭いがする。プール独特のものだ。

 

玄関をくぐると早速10コース、50メートルの国際大会で使用されるようなプールがこんにちはをしてきた。

 

「流石四ノ宮だな」

 

これだけのプールを5個用意してるとは。

 

「うん。びっくりだよね。でも混んでいるから2階にしない?」

 

確かにどのコースも人で埋まっている。

 

「そうだな・・・2階?」

 

「うん! それでもダメなら上に行くだけだよ!」

 

2階にもあるってこと・・・? 


あ、ありました。はい。全く同じ光景がエレベーターを降りた先にありました。

 

「うーん・・・。2階も埋まっているね・・・」

 

「この建物、何階まであるんだ?」

 

「確か、8階だったと思うよ!」

 

「つまり40個プールがあるのか!?」

 

「そうだよ・・・?知らなかった?」

 

「お、おう・・・」

 

黒羽英慈、思考停止まで寸前のところで我を取り戻しました。40個・・・40個?今日は全てのプールを使うって言ってたよな。水を入れ替える時、何トンの水が捨てられるんだ?環境保全団体にバレてしまったら相当なバッシングだろう。


いや、一般人達にも、資源の無駄遣いだと糾弾されるレベルだろう。


・・・水道代はどうなるんだ?

 

「結局、8階まで来ちゃったね」

 

トホホって顔をする歩。俺は驚き過ぎて何階だろうと何でも良いけどな。

 

「時間も迫ってきたから更衣室に行こうぜ」


「そうだね!」

 

切り替えないと。四ノ宮の水道代を心配している場合ではない。俺にとって、今一番重要なのは10キロの遠泳なんだ。

 

「ってこの水着、結構ピチピチだな」

 

学校指定の水着は競技用なのか穿くのが精一杯のサイズだ。少しでも爪をたててしまえば破れてしまいそうな気配すらある。

 

「ですよねー・・・」

 

何でこっちの方をチラチラ見て顔を赤らめているの?

 

「俺の身体に何か付いてるか?」

 

「い、いや~見事な身体だな~って」

 

「ちょっっっ!こっち見ないでよね!!!」

 

人生で七海の真似をする日がくるとは思わなかった。

 

「見てないです!見てないですから!」

 

そう言って目を手で覆う歩。だが、その手の隙間は何だ?

 

「ま、まぁ。こうなるって覚悟していたよ。行こうぜ」

 

「はい・・・!」

 

何で照れてるんだよ。別に褒めていないし、身体を舐めまわすように見る事は許可していないからな。

 

準備体操をした後、寒さに怯えながら水に入ると意外にも暖かかった。暖かい・・・ぬるい、が正解か。どうやら温水プールらしい。


・・・光熱費はいくらだろう。

 

「それじゃ、あと五分くらいしかないけどアップしとくか」

 

「はい!英慈君の後を追いかけることにします!」

 

「分かった」

 

久しぶりに泳ぐな。身体全体で水の感触を楽しんでる。


ただ、足の指先だけを例外としたい。ヤバいっす。後ろから迫ってくる歩が押しのけている水の感覚がダイレクトに伝わってきます。うん、アップから飛ばそう。そう告げた脳内の自分像は涙声だった。

 

「早いですね!」

 

「いやぁ・・・そう・・かなっ」

 

息切れを隠すのが精一杯。

 

「はい!僕も少しくらいなら太刀打ち出来るかなって思ったけど・・・。やっぱり英慈君は凄いです!」

 

「ハハハ・・・」

 

俺ってこんなに引きつった笑いが出来たんだ。

 

「もう時間ですね!僕は隣のコースに行きます!」

 

「おう。頑張ろうな」

 

プールサイドへ上がり、コースのスタート台横に設置されているタッチパネルで生体認証をして、エントリーを完了させる。


少しロード時間が長くて焦ったけどなんとか完了したらしいい。

 

残り二十秒とアナウンスが始まる。周りの人達もそろそろかとジャンプ台に上がりだした。


え?俺?1分前からスタートの構えをしています。緊張の先にある境地へと到達しそうです。

 

3・・2・・1・・・GO!!!


やけに可愛い声のお姉さんがカウントダウンコールを最後まで聞き、水の世界へと飛び込む。


今から泳ぎ続けるのかぁ。そう言えば七海は大丈夫なのだろうか。俺より水泳だけは遅かった気がするけど・・・。


あ、はすみからは長距離走の結果を聞かなくちゃ。良い報告を聞けるといいな。


・・・はい、そんなことより自分の心配ですよね。


周りをゴーグル越しに見てみましょう。おーっと、皆さん俺よりも随分早いペースなことで・・・。


このままだと折り返しの時には2本くらい差がついてそう。そんな事態を避ける為、泣く泣くペースを上げることにする。今は全然楽だけど、後々地獄を見そうだ。


だって10キロだぜ?50メートルのプールだから往復100本。今はまだ2本目。30分毎に意識を戻す事にして、それ以外は意識を飛ばすことにしよう。

 

―30分後

 

あ、どうも。まだ行けます。

 


―1時間後

 

そろそろ限界が見えてきました。でもまだ泳げます。

 



―1時間30分後

 

あ、無理っす。もう意識を保つことが出来ないのでこれからは無心で泳ぎます。

 


奇妙な浮遊感がある黒い世界に迷い込んでいた俺の心は祝いのファンファーレで水の中へと呼び戻された。


え?今なにかアナウンスがあったような・・・。

 

「第五コース、黒羽英慈。10キロです」

 

終わったぁぁ!!! ようやく・・・辿り着いた・・・。嬉しすぎて叫びたいけどそんな体力は残されていない。プールサイドに身体を持ち上げることすらままならず、海岸に打ち上げられたトドみたいな格好になってしまっているけど目を瞑ってくれ。なんとかタッチパネルに辿り着き、タイムを確認する。

 

1時間48分。うーん、このタイムが遅いのか早いのかが分からない。

 

「英慈君、少し手を抜きましたね??」

 

少年が悪事を見抜きましたよって感じの笑いを浮かべながら近寄ってきた。


あれ、そういえば泳ぎ終えた時には既に他のコースに既人が居なかったような・・・。プールサイドを見渡すと、そもそもプールにはこの2人しか存在していないことが判明した。

 

「・・・朝から本気出したら疲れるからな」

 

「ですよね~。僕も流しとけば良かったです!」

 

コイツ!俺の本気を流しとか言ってる!もう歩は敵だぁぁぁ!!

 

「それは残念だなぁ~」

 

次の競技でくたばってしまえ!決めた。俺、黒羽英慈は全身全霊でこの千宮歩を圧倒的に打倒します。


・・・その前に、敵のスペックを知ることは非常に重要だ。嫌だけど聞いておこう。

 

「歩のタイムはどうなんだ?」

 

「あ、1時間32分です!同じくらいですよ!」

 

嘘つけ。天と地ほどの差があるだろ。

 

相変わらず、タイムを聞いても理解出来ないな。ここは大人しく検索させてもうとしよう。歩が着替えている間にコッソリとリリスで検索してみる。

 

ー競泳 10キロ 日本記録

 

高校の平均タイムなんか調べても。ここに居るヤツ達を計るには不十分だ。大は小を兼ねるって言うし日本記録で考えようじゃないか・・・。


へぇ・・・・へぇ? 


日本記録が1時間23分? 

 

「なぁ、早い人ってどのくらいのタイムだったんだ?」

 

「うーん、大体は27分くらいだと思いますよ。25分を切る人は少ないと思います」

 

「日本記録って22分なんだけど・・・」

 

「ここは四ノ宮ですから!」

 

当然でしょ?みたいな顔でこっちを見るのをやめてください。想定していたレベルとは違い過ぎてベンチに下ろした腰が上がりません。

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指定校推薦で超エリート:特務工作員を輩出する学校に入学したけど色々危機です!~公務員確定ルートから外れるな~ 冬峰裕喜 @toumine

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