第32話 取り巻き
「少し汗をかいてしまったわ。お風呂に行かない?」
昼食にふさわしい時間になってきたが、春先とは思えないような日差しで思わぬ汗をかいてしまった。確かにお風呂に入りたい。
「そうだな。それじゃ、風呂入り終わったら風呂の前にあるベンチで待っているな。それから昼食にしようぜ」
「着替えを取りに戻らないとね!ゆず、はすみ、競争しない?」
「嫌だわ」
「絶対に嫌だよ」
「えー・・・。英慈とライルは?」
「それなら俺と競争しようぜ」
「分かった!それなら英慈、スタートお願いね!」
はいはい。この子はいつでも元気ですね。これまでは俺が七海を元気づけようと、いつものペースに戻ってもらおうとしていたけど、多分今は七海が俺に同じことをしているんだ。バレバレなんだよ、この野郎。
「・・・英慈?」
そんな悲しそうな顔を向けないでくれって。分かったよ。いつもの俺を演じてあげるさ。
「いくぞ。ライルはハンデ、貰わなくて大丈夫なのか?」
「今は強がっていらないってことにしとくぜ」
「そうか。七海は早いからな!自信喪失してこいよ!・・・よーい!どん!」
スタートラインに並んだ二人の足は同じタイミングで地面を蹴り飛ばした。さて、どっちが勝つのかな。
「ライル・・・お前は化け物か・・・?」
「男子の俺と同じ速度で走ってる七海の方が化け物だろ・・・」
「確かに」
それは否定出来ない。
湯煙は隣のライルすら視認できない程に成長している。この温度と湿度が好きだ。身体がほぐれていくのを体感する。なんと素晴らしい湯船だろう。
「それで、国藤ってか?」
「っズボッ!?・・・何だって?」
見透かされていたのか?湯船に思いっきり顔をぶつけてしまった。
「これ、国藤だよなって話だ」
「・・・そうとしか考えられないんだよ」
「俺もそう思うぜ」
そうなんですよね。あの実技テストで射撃場の待合室で会話したことを思い出す。うん、詳しくは覚えていないんだけど、火に油を注いだみたいになったのは覚えているんだよね。
それから、国藤を見かける度に視界に入らないようにコソコソ隠れてたけど、憎悪の対象からは隠れることが出来なかったらしい。
「分かっていたのに言わなかったのは七海の為か?」
「エスパーか」
気付かれていたのね。恥ずかしい。
「だとしても国藤自ら罪に手は染めていないだろうからな」
「そうなのか?」
「ゆずの前例があるわけだし、絶対とは言い切れないけど間違いなく直接的にはアイツじゃないだろうな」
「・・・なら取り巻きか?」
「ま、そうなるだろう」
取り巻きって誰が居るっけ。名前すら思い出せないや。そもそも、取り巻きとしてしか認識していなかったから個人名を聞いたことなかったかもしれない。
「それが分かったところでって話なんだけどな」
結局、犯人像の推測はできるけど、分かったところでって話に行き着くんだよね。そうでしょ?
運良く推測だけで突き止めることが出来たとして、証拠集めが出来ていないから逃げられる可能性が十二分にある。
「やっぱり揺るぎない証拠だよなぁ」
「これから探さないとな」
「ライル、何か思いつくか?」
「全く。校内のカメラをジャックするぐらいなら思いつくぜ」
「犯罪者コースかよ」
「相手も実質的な犯罪者だぞ」
「・・・ホントそれなんだよな」
どうなってんだよ。特務工作員なんてさっさと解体した方がマシなんじゃねーの?
犯罪者まがいのヤツが幹部へエスカレーターなんて民間人が想像している警察組織とはかけ離れているだろうな。それとも、こういうのが世の常なの?世の中って辛いな。
「ちなみにライルはカメラジャックなんて出来るのか?」
「四ノ宮のセキュリティーがとんでもなく脆弱だったらできるだろうな」
「あ、無理っすね」
「そう、少なくとも非合法的にカメラの記録や位置情報を閲覧するのは無理だぜ」
「地道に聞き込みか。あの時間帯に外にいるヤツはそういないと思うから望みが薄いけど」
「仕方ない。今はそれをするしか方法はないぜ」
「そうだな」
コミュ力が要求されるような事をしたくはないのが本音だが、俺が一番働かなくてどうする。密かに覚悟を再確認する黒羽英慈だった。
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